奥多摩は「東京の山」という手軽なイメージもあって、ジーパン、スニーカーなどで、運動などあまりしたことのない人まで出かけてくる。ところが、奥多摩に来る登山者にもあまり知られていないが、青梅警察署管内の山岳遭難事故だけでも年間40~50件前後発生し、死者・行方不明者は平均5~6人に上る。これに五日市警察署、高尾警察署などを合計すれば、東京都の山で発生する山岳事故は100件ほど。死者・行方不明者も10人弱になるという。
ここでは、20年間、警視庁青梅警察署山岳救助隊を率いてきた金邦夫(こん・くにお)氏が、実際に取り扱った遭難の実態と検証を綴った著書『侮るな東京の山 新編奥多摩山岳救助隊日誌』(山と溪谷社)より一部を抜粋。ヨコスズ尾根で起きた強盗傷害事件について紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)
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ヨコスズ尾根で起きた強盗傷害事件
2005年5月26日、爽やかな五月晴れの午後2時39分、警視庁の通信指令本部から「日原で強盗事件発生」の第一報が奥多摩交番にもたらされた。日原集落のYさん宅に、顔中血だらけの男が駆け込んできて、「強盗にやられた」と110番を依頼してきたというものである。
交番にいた山岳救助隊員は騒然とした。日原駐在所の前田隊員は今日週休のため駐在所は留守である。私もあわてて拳銃を着け、耐刃防護衣(たいじんぼうごい)を着込み、在所していた田口救助隊長以下4名が先発としてパトカー2台に分乗し、サイレンを鳴らして緊急走行で日原に向かった。
110番したYさんの家は、日原集落でも一番高いところにある家だ。日原から三ツドッケとも呼ばれる天目山に続くヨコスズ尾根の登り口にある家で、車道終点から徒歩で5分ほど登ったところに、年老いた奥さんが1人で暮らしているはずだ。
息を切らせてYさんの家に登っていくと、玄関前に顔を傷だらけにし、衣服を血で染めた老登山者と思われる男がうずくまっており、玄関のガラス戸は閉まっていた。
玄関のガラス戸を叩き、警察官であることを告げると鍵が開けられ戸が開き、制服を見て安堵の表情をしたYさんが顔を出した。血だらけの男が助けを求めてきたので、恐くて玄関の戸を閉めたまま男の言うことを聞きながら110番したのだという。
私は玄関前にうずくまっている男から事情を聞いた。男は都内H市に住むN(81歳)と名乗り、頭を押さえたタオルは血で染まり、顔の傷も痛々しいが、意識や話す言葉はしっかりしていたので、救急車が到着するまでのあいだ、できる限り詳しい情報を聞き取ろうとした。