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「奥多摩の山を本当にそんな桁外れのワルが…」

 暗くなる前、犯行現場を確認に登った田口救助隊長らがNさんのザックを回収して下山してきた。滝入ノ峰周辺はヨコスズ尾根が最も狭まった場所で、数年前の冬に高校の先生が倉沢谷側へ180メートルも転落して死亡した事故も発生した、尾根上で唯一ともいえる危険箇所である。幸いその場所よりも少し下方の傾斜が緩やかなところだったので、10メートルほどで止まり下まで落ちなくて済んだ。

 事件を刑事課員に引き継ぎ、山岳救助隊は奥多摩交番に引き上げた。

 しかし現実にこんなことがあるものだろうか。大金を持ち歩く登山者などそういるものではない。金品を得るため登山者の頭を狙い、杖で殴打して登山者の反抗を抑圧し、金を盗ったあとは崖から突き落とす。さらには大きな石を投げつける。まかり間違えば強盗殺人にもなりかねない、太田蘭三や梓林太郎の山岳推理小説の世界である。

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 我ら山ヤにとって「山は神聖なもの」で、「山を登る人に悪人はいない」などと言って登り続けてきた。しかしそれは、あまりにも手前勝手な思い込みであって、山に登る人にだって悪い奴はいる。

 実際奥多摩の山においても、親切な善人を装って、「登山口まで乗せていってやる」とか「駅まで送ってやる」などと言葉巧みに登山者を自分の車に乗せ、隙を見てザックの中から財布やカメラなどを抜き盗る悪党や、避難小屋に寝泊まりし、管理人になりすまして宿泊者から料金を騙し盗ったり、林道に停めてある登山者の車のガラスを割り、中から金品を盗む車上狙いなどもいるにはいる。こんなのは登山者の風上にも置けない奴らだ。

 しかし登山者の生命、身体に危害をおよぼすような犯罪は、私が山岳救助隊に入ってからは一度もなかったし、全国の山でも聞いたためしがない。奥多摩の山を本当にそんな桁外れのワルが跋扈しているのだろうか。

「奥多摩に山賊現わる」

 救急車で病院に運ばれたNさんは、右手骨折などにより全治2カ月と診断され、そのまま入院となった。

 そして翌日、「奥多摩に山賊現わる」と新聞で大きく報道された。「山賊」などという言葉は「辻斬り」や「追剝ぎ」などとともに遠い昔に死語になった言葉だと思っていた。

 このこと以来、青梅警察署山岳救助隊では山岳パトロールを強化した。たまたま同時期に、人のいないキャンプ場や渓流釣場に忍び込んで、食料を持っていくコソ泥が横行し、それが人目を忍んで山の中を移動しているのではないかという情報もあって、隊員が複数でパーティを組み、登山道のパトロールをするとともに山小屋や避難小屋などの捜索を行なった。(#2に続く)

その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。