いきなり「この野郎、気に食わねえな」
Nさんが言うには朝方、車を日原の駐車場に停め、ヨコスズ尾根を天目山に登った。午前11時ごろ、稜線の一杯水避難小屋に着き、中へ入ったところ小屋の中には50歳くらいの男性登山者が1人おり、その男は酉谷山から登ってきたが、途中で1泊野宿をしたと言っていた。
男と世間話をしたあと、お互いのカメラで写真を撮り合った。写真を送るのでと名前を聞くと、男はF市のHと名乗った。
その後2人で天目山に登ったが、Nさんは男に「私は年寄りで足が遅いので先に下ります」と言って、1人で下山をはじめた。約1時間して、滝入ノ峰を過ぎたあたりで、先ほどの男が追いついてきて、「近くで猿を見た」などと話していたが、いきなり「この野郎、気に食わねえな」と言いながら、持っていた木の杖を振り上げてNさんの頭を殴りつけてきた。
男とはなんの言い争いをした覚えもなかったし、なにが原因で男が豹変したのかわからなかった。Nさんが「なにするんだよ」と言うと、「気に食わねえんだよ」と言いながら、なお一層興奮し杖を振り上げ手当たりしだい頭を殴ったり、顔を突いたりしてきた。
背中を足蹴りにされ、10メートルほど斜面を転げ落ちた
Nさんは手で頭をかばいながら、このままでは殺されると思い、恐怖のあまり「なにが欲しいんだ」と言うと、男は「財布を出せ」と言った。Nさんはポケットから、6000円入りの財布を取り出し男に渡すと、男はそれを受け取り「ザックを下ろせ」と言う。Nさんが背負っていたザックを下ろしその場に置くと、こんどは背中を足蹴りにされ、Nさんは前の斜面を転げ落ちた。
10メートルほど転げ落ちて止まったが、こんどは上から大きな石を投げつけてきた。Nさんは近くにあった岩の陰に隠れて難を逃れたが、しばらく投石は続いた。
30分ほどして静かになったので上を見ると男の姿はなかった。Nさんは幸い足にはケガを負わなかった。登山道まで登り返し、下山をはじめると、すぐ下に自分のザックが引っ掛かっているのが見つかった。降りて中を確認したら、デジタルカメラがなくなっていた。ザックを背負う元気もないので、水だけを持って助けを求め下山し、1時間ほどかかって最初の民家Yさんの家にたどり着き、110番通報を依頼したと語った。
私がNさんに男の人相などを聞くと「年齢は50歳くらい、身長は155センチくらい、やせ型、白の野球帽、ネズミ色のシャツ、ベージュのズボン、黒のスニーカー」などと詳しく話した。
後続の山岳救助隊、青梅署の刑事、機動捜査隊、消防の山岳救助隊、救急車などが赤色灯を点け、けたたましくサイレンを鳴らして大勢駆けつけ、東京都の西の外れ、鍾乳洞で有名な日原集落は騒然とした空気に包まれた。
田口救助隊長と松山小隊長が刑事課員を案内し、Nさんのザックの回収と現場確認にヨコスズ尾根を登っていった。
Nさんは消防の救急隊による応急手当てのあと、担架に乗せられ、Yさん宅から車道まで設置してある荷物運搬用のモノレールで車道まで降ろされ、救急車で病院に搬送された。