1ページ目から読む
2/2ページ目

 ふう、気を取り直して仕事をするか。しかし気付いたのだ。さっき忘れ物の届けを出した駅のベンチに紙袋とタブレットを置き忘れたことに……。

仕事を終え、タクシーで目的の無人駅へ向かうが…

 対応してくれた若い駅員さんも新たな忘れ物に驚いたことだろう。私も自分に驚いた。通信手段の最後の砦、ノートパソコンまで忘れたら完全に詰みだが幸いそれだけはあった。オンライン取材で「サタデーステーション」担当のHさんにこの話をしたらこう言われた。

「師匠、地元の警察に届けたらどうですか?」

ADVERTISEMENT

 この助言が後のファインプレーとなるのだ。

 仕事を終えた私はタクシーで数十分掛けて、目的の無人駅に行く。着くと同時に構内に駆け込むが、携帯は……見つからなかった。

 遠征は2泊3日だが、その間に見つかるのだろうか。きっと仕事の留守電も入っているよな……トボトボとさっきのタクシーに乗るが、ホテルに戻る途中で交番を見つける。Hさんの言葉を思い出し中に入った。

忘れたからこそ知る人の温かさ

「携帯電話は届いていないですよね……?」

「ちょうど駅で見つけた携帯を届けた方がいました」

「ありましたか!」

 最短で携帯が戻ったのだ。

 “旅は道連れ世は情け”

 騒動中にずっと一緒だったタクシー運転手さんに宇部ラーメンの店を教えてもらう。最高の気分だった。翌日に藤井新竜王が誕生、最年少四冠達成となったのはご承知のとおりである。

弟子は名人位も獲得して「七冠」に ©石川啓次/文藝春秋

 おまけ。もう一つの忘れ物を取りに、翌朝に宇部駅に行く。

「タブレット? 間違いなく届いていますよ。藤井さんの今日の勝負メシは何ですかねえ?」

 にこやかに出迎えてくれた年配の駅員さんは将棋ファンであった。

 忘れたからこそ知る人の温かさ。しかし、あんな忘れ物はもうこりごりである。

◆ ◆ ◆

 このエッセイは『師匠はつらいよ 藤井聡太のいる日常』(文藝春秋)に収録されています。週刊文春連載を待望の単行本化。藤井聡太とのエピソード満載、先崎学九段との対談「藤井聡太と羽生善治」も特別収録して好評発売中です。

この記事を応援したい方は上の駒をクリック 。

その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。