藤井聡太竜王・名人の師匠である杉本昌隆八段の綴る週刊誌連載が、このたび通算100回を超えて単行本化されることになった。タイトルは『師匠はつらいよ 藤井聡太のいる日常』(文藝春秋)。そのなかの一編の「走る棋士」は『ベスト・エッセイ2023』(光村図書出版/6月26日発売予定)に収録されるなど、将棋界の枠を超えて注目を集めている。

 この単行本化を記念して、杉本一門の室田伊緒女流二段と中澤沙耶女流二段にもお越しいただき、3人で一門のこと、そして同門の藤井聡太竜王・名人のことなどを愛知県名古屋市にある「杉本昌隆将棋研究室」で話していただいた。

 まずは、師匠にとっても初めての経験となった週刊誌連載について聞いた。

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杉本昌隆八段
1968年愛知県名古屋市出身。板谷進九段門下。1990年四段プロデビュー。

常に締め切りがあるという意味だと

――『師匠はつらいよ』の単行本化おめでとうございます。同書に収録されている先崎学九段との対談では〈週刊誌連載は締め切りがない〉なんて話がありました。

杉本 私は、常に締め切りがあるという意味だと受け取りましたね。実際そういうところはあって、今まで新聞での隔週はありましたが、毎週というサイクルの早さに戸惑うところもありましたね。

――1本書くのに、どれくらい時間がかかりますか。

杉本 ネタがあれば、書き始めれば3時間くらいでしょうか。ネタがない状態だと難しいですよね。あとネタがぼんやり決まっているだけで構成が決まっていないと、半日以上かかることもあります。

タイトルから連想される自虐ネタがユーモアを醸し出す

――それを100回まで、一度も落とすことなく続けておられて。

杉本 落としていいんですかね(笑)。自分の場合、締め切りが早めに設定されているはずなので、落とすことはないと思います。

 6月12日に発売される『師匠はつらいよ』には、100回分のエッセイが収録されている。将棋界のことから藤井聡太竜王・名人のこと、そして身の回りに起きたトラブルなど多様なことが題材になっているが、通底するユーモアを醸し出しているのは、『師匠はつらいよ』というタイトルからも連想されるような自虐ネタである。第43回の「棋士とバレンタインデー」より少しご紹介しよう。

『師匠はつらいよ 藤井聡太のいる日常』(文藝春秋)

「杉本先生にもチョコレートが届いております」

「ほう! 持って帰れないほど多くですか?」

「いえ、充分持って帰れます」

 まあそうだよね。なお、その内訳はというと……。

 ある年、私宛の小包が届いた。いそいそと中の手紙を開ける私。便箋にこう書かれていた。

「杉本先生へ、藤井聡太さんにこのチョコレートを渡してください」

――自虐ネタが面白いのですが、この立ち位置は最初に決めたのですか?

杉本 タイトルからしてそうですよね。このタイトルは、編集者と一緒に決めました。いくつか候補があったのですが、これがいちばん自分のなかでしっくりきて。