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将棋ネタは尽きることがない

――このタイトルがあるから書きやすいというのはありますか。

杉本 それはありますよね。仲間の棋士と話していると、彼らが意識的に「(自分たち)師匠はつらいよ」と話すこともあって、タイトルとしても定着したのかなと思っています。

――お二人は、師匠のエッセイにどんな印象をお持ちですか?

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室田 私も月1連載をもっていたことがあるんですが、それでも大変で。毎週のネタ探しは、どうしているのかなと思っていました。

中澤 私も毎週の締め切りのなか、次から次へとネタがあってすごいなと思っていました。

左から順に中澤沙耶女流二段、杉本昌隆八段、室田伊緒女流二段

――ネタのストックが尽きることはありませんでしたか。

杉本 将棋に例えると、持ち駒が多い状態は意識していました。ただ他のエッセイストの方とくらべて、将棋という軸になるものがあるのが、有利なのかなとも思います。将棋ネタは尽きることがないので。

――ネタのバリエーションとかはどう考えておられますか? 藤井七冠のネタをどれくらい入れようなど頭を悩まされたり?

杉本 読者のなかには、毎週、藤井聡太竜王・名人のことを読みたい方もおられるかもしれませんが、いろいろ織り交ぜることは意識しています。棋士の日常生活というより、世の中の日常的なことを将棋に当てはめられたらなというのは考えていましたね。とはいえ、将棋界のことを書けば自然と藤井竜王・名人の話が多くなるんですが、第三者的には、困ったときの藤井ネタといったように見えるみたいですね。

自信作は「パソコンショップでの攻防」

――なるほど(笑)。

杉本 たしか先崎さんに言われた気がするなぁ。先崎さんも、よく羽生さん(善治九段)のことを書いていたけど、同じような心境だったのではないですかね。あと話す仕事の機会もあるのですが、これは話すともったいないかなと思うこともあります(笑)。

 

――話すか書くかどっちにしようかと悩まれるんですね(笑)。収録されている100の話から、これは面白いよというのを紹介したいのですが、ご自身で気に入っているものはありますか。

杉本 「パソコンショップでの攻防」(第54回)ですかね。これは比較的、自分のなかで自信作ですね。

 この話は将棋AIが使える高性能パソコンを買おうと思った杉本師匠が、藤井竜王・名人にどんなパソコンを買えばいいか相談。詳しいメールをもらったので、それを持ってパソコンショップに出向くところから始まる。

「将棋研究用に知人(藤井竜王)に勧められて。最上位機種の見積もりも知りたいです」

 ちなみに自分の素性は明かさない。

 フレンドリーに対応してくれたのは店員Bさんだった。

「将棋ですか。あ、瀬戸市に凄い人いますね。フジ、ええと藤……」

「藤井ですね」

 店員Bさんも、まさか私の見せたメールの一部が藤井竜王本人のものとは思うまい。

 パソコンショップの店員さんは、藤井竜王・名人のメールを参考に該当するスペックのパソコンを提示してくれるが、その価格は約130万円。半ば現実味のない価格に「これをご購入されれば藤井プロの気分になれますよ」と言われるという話である。最後までその店員さんは、接客の相手が、藤井プロの師匠とは気づかなかった。これもある意味、自虐ネタのひとつだろうか。