「失敗を軽く受け止めるのか重く受け止めるかが分岐点になる」
首位争いをしている今シーズンのベイスターズだが、大田が願うようにグラウンドでプレーしている選手たちをはじめ、ベンチにいる選手全員が“戦う顔”をしている。シビアな試合がつづいても悲壮感は漂わず、ベイスターズらしく野球をエンジョイしている。
熱血漢の雰囲気を漂わせ大田は言うのだ。
「相手にとってなにが嫌なのか? それって対戦チームのベンチを見たときに、誰もがハツラツとしていて、目に力があって、生き生きとしていることなんですよ。バチバチに打たれて、すごい劣勢だとしても、みんなの目は死んでなくて、どこか行けそうな雰囲気が漂っている。仮に負けても次はやってやるぞって。野球って、一喜一憂、喜怒哀楽を表現できる面白さがあるし、勝負に賭ける思いもそうなんですけど、僕としてはとにかく諦めず、ゲームを楽しめるチームになってもらいたいんですよ」
野球愛あふれる大田の言葉。かつて鳴り物入りで巨人に入団し、期待をされながらも結果を出せず長く苦しんだ時期もあった。キャリア15年目、酸いも甘いも知る大田だからこそ語ることのできる野球哲学がある。
「この世界、いい経験をしっぱなしというのは絶対にありえないし、そればかりを望むのは話が違う。だから若い選手たちには失敗とか挫折を経験してもらいたいなって思うんですよ。それがターニングポイントになるし、もう一度自分を奮い立たせて向かっていけるのか、あるいは気持ちが持たずフェードアウトしていくのか。結局、立ち向かっていった人間がレギュラーとかずっとやれているプレイヤーだと思うので、若い選手には、それなしに華やかなところだけ見て欲しくはないんです」
大田の口調に熱がこもる。
「失敗を軽く受け止めるのか重く受け止めるかが分岐点になる。とにかく次に向けて強い気持ちを持って進めるかが大事なんです」
そう言うと大田は、尊敬する先輩である藤田一也の名を挙げた。昨年のクライマックスシリーズで最後の打者となり、ヘッドスライディングをして一塁上で立ち上がれなくなった藤田の姿は、今でも脳裏に焼き付いている。
「あの最終打席は……本当に悔しかったと思います。そのつらさは一也さんにしかわからないけど、今年またユニフォームを着てシーズンに挑んでいる。その姿っていうのをみんなに感じてもらいたいんですよ。例えば若い選手であれば『また次があるよ』って声をかけてもらえるかもしれないけど、一也さんの場合は状況や立場が違う。そのなかでも立ち上がることのできる気持ちの強さや姿を、僕は目に焼き付けたいと思います」
今季、藤田はまだ一軍に合流できていないが、シーズンも後半になり優勝が絡んでくるようなことがあれば、かつて楽天で日本一になった経験がチームにとって大きな財産になることは間違いない。それまで大田もしっかりと結果を残していかなければいけない。
まもなく41歳になる藤田の存在もしかりだが、冒頭で述べたように大田は野球人としての“生きざま”を感じさせてくれる選手であることは間違いない。
「まあ、成績としては一流選手ではないですけど、いろんな経験をして、チームを渡り歩いてきて、これはもう自分の人生だし、本当胸を張って野球人生に悔いなしと言える毎日を送りたいんです。だから本当“生きざま”ですね」
自分が好きなものに真剣に向き合えるのはとても幸せなことだ。誰もがそうありたいと願っている。
「正直しんどいことも多いですけど、いろんな感情が出るってことは生きている証だし、それこそが“幸せ”なんだと思いますよ」
そう言うと大田はニヤッと笑った。こちらも笑顔で「いや本当、プロ野球選手は辞められないっすねえ」と言うと、大田は目尻のシワをより深くきざみ頷いた。
「いや本当に辞めたくないですよ! だからね、辞めたくないから危機感に繋がるし、努力することや準備することなんて当たり前だし、どうってことないんですよ」
大田にとってプロ野球選手ほど素敵な仕事はないんだろうな、と思わずにはいられなかった。その仕事をより豊かなものにするためにも、ベイスターズにとって25年ぶりのリーグ優勝と日本一を目指さなければいけない。
「僕としてはそうですね、数字を求めるのも大事なんだけど、高校野球みたいに、みんなで頂点目指して駆け抜けるぞ!って感じですかね」
生粋の野球小僧。ベイスターズに大田泰示は、必要不可欠な存在である――。
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