大田泰示を見ていると“生きざま”という言葉を想起してしまう。泥水をすするようなときがあったとしても、目に光を失わず、這いつくばって再び立ち上がる。そしてその姿を誰もが見つめており、深い感銘を受ける。

 大田は言うのだ。

「僕は過去、試合に出られなかったり、打席に立てなかったり、すごく歯がゆい思いをしてきたけれど、諦めず練習をつづけて、どうすればいいのか自問自答してきました」

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 6月24日の阪神との首位攻防戦。スタメンだった大田は6回裏の第3打席、伊藤将司の投じた外角低めのチェンジアップを捉え、左翼線へ2ベースヒットを放った。5月13日以来となる久しぶりのヒット。大いに盛り上がる横浜スタジアムに詰めかけた満員の観衆。塁上でガッツポーズを見せた大田は、気合いと安堵が入り混じった表情をした。

 そして代走を告げられベンチへ戻ると、大田以上に喜びを露わにしたのがチームメイトだ。まるで決勝打を放ったような仲間たちの笑顔の歓迎に、大田という選手の存在の大きさを見るようだった。

 ナイターがある日の横浜スタジアム、全体練習が始まる数時間前の午前中、大田は毎日のようにグラウンドに現れ、誰よりも早くひとり黙々と体を動かし汗を流している。体の可動域の一つひとつを確かめるようにじっくりと、自分自身と真摯に向き合っている。

 誰もがその姿や努力を知っているから、チームメイトはもちろん裏方さんや関係者までが「泰示さんには結果を出してもらいたい」と口々に言うのだ。

 当の大田に早出をしてトレーニングすることについて訊くと“さもありなん”といった様子で「試合に対していかに準備ができて、自分が全力を注げたかってことが大事になってきますからね」と、笑顔を交え語った。本当に野球が好きなんだな、と思わずにはいられなかった。

大田泰示

「“全員で野球やってんだぞ!”っていう空気を作りたい」

 それにしても大田という選手は、ベイスターズに移籍をして2年目にも関わらず“生え抜き”のような雰囲気を持っている。

「まあ移籍も2回目なんで、こういう感じで入っていけば溶け込めるのかなっていうのは何となく(笑)。それにトバ(戸柱恭孝)や三嶋(一輝)とか同級生も多かったので馴染みやすくはあったと思いますね」

 ファンが大田という選手に親近感を持つのは、プレーに対する姿勢ばかりでなく、神奈川が誇る名門である東海大相模高校出身ということもあるだろう。

「神奈川の高校野球の魅力っていうんですかね。夏の大会の決勝戦はハマスタが満員になる。あれに憧れたし、縦縞のユニフォームかっこいいなって。僕は甲子園には行けなかったけど、あの決勝の光景を3回も見ているんですよ。本当感動しました。神奈川の野球ファンって野球がめちゃくちゃ好きなんですよね。そして去年、ベイスターズの一員として実際にハマスタのグラウンドに立ったんですけど、そのときは鳥肌ものでした。そして声出し応援が解禁された今年、本当にすごい声援で、こんな中で優勝して、紙吹雪とかパーンって出て、胴上げして、ファンの人と盛り上がれたら……。想像するだけで楽しくなっちゃうんですよね」

 背中で語る日々の努力、グラウンドでの躍動はもちろん、大田がその存在感を高めているのが、ファンの間では有名なベンチでの声出しや、チェンジの際にはすぐさまベンチから飛び出し野手をねぎらい士気を高めることだろう。

 声出しでは負けてはいない牧秀悟も舌を巻く、その熱くバリエーション豊かなサポート。牧に大田のことを尋ねると次のように語った。

「いやもう本当、大田さんはすごいんですよ。試合に出られなかったりする中で、あれだけキャリアの長い人がベンチで真っ先に声をかけてくれますし、一番盛り上げてくれるんです。本当に頼りになりますよね」

 33歳のベテランの献身に、心打たれない者は誰もいない。しかし大田にとっては、これも“さもありなん”なのだ。

「やっぱり一番大事なのはベンチ全員が試合に参加すること。『俺は試合に出ないからいいや』じゃなくて、毎試合同じ気持ちで球場に入って準備をして、自分の仕事をまっとうする。試合に出られなくてもサポートだったり声掛けをしていれば、途中からでもスッと試合に入っていけると思うし、そういう小さな積み重ねでチームとして大きな成果が得られると僕は思っているんですよ。だから“全員で野球やってんだぞ!”っていう空気を作りたいなって」

 正直に言って今シーズンの大田のスタッツだけを見れば、チームの勝利に貢献しているとは言い難い。しかし、大田がベンチにいることの意味の大きさをチームメイトはもちろん、三浦大輔監督をはじめ首脳陣は理解しているはずだ。