——いいお話ですね。ところで、山口組三代目・田岡一雄は、美空ひばりが東映京都で撮影するときにはときどき慰問に来て、自分が目をかけているスタッフに「ぎんつば」(大阪の和菓子)を配ったと聞きます。
中島 僕が監督になったとき、「お祝いや」と三代目からぎんつばを頂きましたよ(笑)。三代目はお酒が弱くて甘党。ぎんつばが大好物で、貧乏な頃、腹いっぱい食べるのが夢だったそうです。撮影所に来られるときには子分が何箱も抱えて、俳優会館やスタッフルームに菓子箱を差し入れるんですね。特定のスタッフに対しては「きばってや」とぎんつばを手渡していました。
長谷川伸は抒情的過ぎる
——『関の彌太ッペ』(63年、山下耕作監督)の助監督、『股旅 三人やくざ』(65年、沢島忠監督)の脚本を経て、『兄弟仁義 関東兄貴分』(67年)、『木枯し紋次郎』二部作(72年)でいわゆる「股旅映画」を撮りますが、中島監督にとっての長谷川伸戯曲および股旅映画の魅力とは何なのでしょう?
中島 股旅ものの主人公は、親分も係累も持たない一匹狼。そこが魅力でしたね。でも、股旅ものを代表する長谷川伸作品は独自の世界ではあるけれど、抒情的に過ぎると僕には思えました。現実の股旅は、もっと過酷で、非情で、長谷川伸戯曲のように甘くはないと。僕が股旅ものを監督するときには徹底的にロマンティシズムを排除し、主人公に厳しい境遇を背負わせようと思いました。72年に『木枯し紋次郎』『木枯し紋次郎 関わりござんせん』を撮りましたが、ハード過ぎたのか当たりませんでしたね。
——「任侠映画と肌が合わなかった」とことあるごとに語っていますが、なぜでしょう?
中島 任侠映画が嘘っぱちに思えたからです。それに、親分から命じられて子分が美しい死を遂げる展開が好きじゃなかった。死はあくまで死だ。美しい死なんてありえねえと。そう思う背景には、僕の生い立ちが関わっていると思います。
(文中一部敬称略、以下次号)
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伊藤彰彦氏の「ヤクザ映画最後の巨匠 中島貞夫監督インタビュー150分」全文は、「文藝春秋」2023年3月号と、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
【文藝春秋 目次】芥川賞発表 受賞作二作全文掲載 井戸川射子「この世の喜びよ」 佐藤厚志「荒地の家族」/老化は治療できるか/防衛費大論争 萩生田光一
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