――名人3期目を懸けた43期で中原先生の挑戦を受け、惜しくも失冠を経験されました。その時のご心境は?
谷川 中原名人に名人戦で挑戦するという大きな目標を持っていましたが、立場が逆というのはちょっと……。中原先生に対し、上座に座って駒箱から駒を出すなどの作法を行っていくうえで居心地の悪さを感じました。結果は2勝4敗となりましたが、目標としていた中原先生との勝負でしたので、また1からやり直せばいいという気持ちではありましたね。
――3年後、46期名人戦で再び中原名人への挑戦権を得ました。その時のご心境は?
谷川 10代の時に思い描いていた中原名人への挑戦を実現できた。そういう気持ちが大きかったですね。
30代前半はいろいろな苦労を重ねたので…
――実際、シリーズを制し、通算5期によって永世名人の資格を獲得されました。その時のご心境と、身の回りに変化はありましたか?
谷川 28歳で名人を失ってから挑戦者にもなれない状況が続いていました。さらに55期の1年前は無冠で、さらにその1年前には阪神・淡路大震災を経験するなど、30代前半はいろいろな意味で苦労を重ねました。そういった状況で十七世名人の資格を得たのは非常に嬉しかったですね。永世名人はもちろん竜王を獲得した時など、ニュースなどで大きく取り上げていただけることによって、被災地の状況や復興の進み具合などを全国に発信できるのも大きかったです。また、私自身の言葉で発信できるという気持ちもありましたね。
――最後に、今後の目標をお聞かせいただけますでしょうか?
谷川 将棋の魅力は、年齢に関係なく真剣勝負ができることにあると思います。私自身も39歳も年長の大山先生には20局ほど教わる機会がありました。その逆に藤井竜王とは40歳も年が離れています。一般の社会生活において、30~40歳も年が離れている中で真剣勝負というものはなかなかできません。それが将棋の世界であればできます。もちろん、若い人相手に「負けました」と頭を下げるのは厳しいというのもありますが、対局を通じてトップ棋士がその将棋をどう捉えているかということを将棋盤を通じてわかるというのは大きな刺激になります。今の立場では、こちらが何局か勝ち上がらないとトップ棋士と対局できませんが、それをモチベーションにして各棋戦で頑張っていきたいと思います。
写真/岡田修平