医療ジャーナリストの長田昭二氏の「医療ジャーナリストのがん闘病記」を一部転載します(文藝春秋2023年7月号)。
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転移を告げられてから「2年」
「がんが転移したと言っても慌てることはありません。当面は普通に仕事もできるし、日常生活での大きな変化もないでしょう。少なくとも1、2年は大丈夫なので、落ち着いて考えましょう」
がんの手術を受けるための術前検査で、背中の骨(胸椎)への転移が見つかったとき、医師にそう言われた。そしてもうすぐ、その「2年」が経過する。
年齢を重ねるにつれて時間の経過は早く感じられるものだが、「がん転移」を告知されてからの速度は、それまでの比ではなかった。僕はその貴重な2年間を、呆気にとられたまま過ごすことになる。心の中で「あれよあれよ」と言いながら……。
僕のがんは前立腺がん。日本では食道がんや膵がんと並んで、男性において増加傾向にあり、毎年約10万人の新規患者が誕生している。早期で見つけられればいくつかの有効な治療法が用意されていて、「比較的予後のいいがん」とされる。上皇陛下の例を挙げるまでもなく、長期生存している患者は少なくない。しかし、転移してしまえば話は別だ。年間約1万2000人がこの病気によって命を落としている。歌手の三波春夫氏や、僕の大好きな名優小沢昭一氏を鬼籍に送ったのもこの病気だ。
前立腺は、多くの場合「肥大症」か「がん」と絡んで話題に上がる存在で、健康な時にこの臓器を意識することはあまりない。男性の膀胱の下に位置するクルミほどの大きさの前立腺は、尿道を包み込むような形をしている。ここで作られる前立腺液は、精子に栄養を与える役割を担っている。つまり前立腺は、男性にとってきわめて重要な生殖器官なのだ。
前立腺肥大症とはその名の通り、この前立腺が肥大化していく疾患だ。ほとんどの男性は、40歳を過ぎた頃から前立腺が大きくなっていく。骨盤内の空間には限りがあるので、肥大すると内側に向けて圧力を高めていく。そのため中を通る尿道は押し潰される。中高年男性が「尿の出が悪い」「キレがなくなった」「残尿感がある」などの悩みを持つのは、そのためだ。ただ、前立腺肥大症が命を脅かしたり、がんにつながることはない。いわゆる「良性疾患」の代表的なものだ。
一方の前立腺がんは、50代以降で罹患リスクが高まる。すでに触れたとおり、この年代になると多かれ少なかれ前立腺が肥大しているので関連付けて考えがちだが、この2つの疾患の発生に因果関係はない。