2000年代初期との変化
私自身、仕事の関係で90年代終わりから2000年代にかけて韓国企業と取引があったため、韓国の実情については比較的詳しく、そのころの新大久保・大久保界隈については大体の知識を持ち合わせていた。2000年代初期といえば、サッカーの日韓ワールドカップが開催された時期に該当する。その頃はペ・ヨンジュンとチェ・ジウが主演したドラマ「冬のソナタ」が大ヒット。世の韓流ブームに乗って多くの女性、それはおそらく中高年の女性たちがこぞってこの界隈に押し寄せた。このエリアはもともと在日の韓国人が多く住み、韓国の食材を売る店や料理店が軒を連ねていたが、ブームにあやかりドラマ関連のブロマイドやグッズ、韓国コスメが大量に売られるようになっていた。また日本との文化交流が禁じられていたにもかかわらず、木村拓哉のブロマイドやJ-POPのCDなども韓国人向けに売られていた。
だが今回、平日の夕刻、新大久保駅で下車し、大久保駅との間をくまなく歩き、さらに通称イケメン通りを南下、歌舞伎町のこれも通称トー横タワーと呼ばれる東急歌舞伎町タワーに至るまでを歩いたのだが、20年前と全く異なる街の姿を目の当たりにすることになった。
驚きの1つ目は、たしかに通りを歩く多くがいわゆる、日本人の女の子たちだったことだ。2000年代初期のヨンさまファンの女性たちと異なり年齢層はかなり若い。女子中学生が中心と言ってよいだろう。制服はどこかで着替えてくるのだろう。コスプレ風で派手コーデな衣装を思い思いにまとって楽しげに歩く。2、3人連れまたは若い男女のカップルが目立つ。
2つ目がエリア内にある神社だ。新大久保駅の西側に皆中稲荷神社という1533年に創建されたとする神社がある。この神社は稲荷大明神が鉄砲組与力の夢枕に立ち射撃を伝授したとの言い伝えから、競馬や競輪などの賭け事での的中をお祈りする神社として有名だった。ところが、この神社に奉られている絵馬のほとんどが彼女らの納めたと思われる「当選祈願」だ。「アイドルのコンサートチケットがあたりますように」「ライブでアイドルとたくさん目が合いますように」といったかわいらしい祈願の数々が連綿と綴られている。なかにはタイ語やベトナム語と思しき文字で熱心に書かれたものもあるが、若い女性の記したもののようで、到底、競馬や競輪の「当選」を願ったもののようには見えない。
3つ目が飲食店だ。多くのお店が彼女たち向けにテイクアウトできるスナックを提供している。韓国料理と言えば焼肉やビビンバ、サムゲタンを思い浮かべるが、もっと軽い、つまり値段が安いダッカルビやトッポギ、ハットグなど。韓国ものに負けまいと、多国籍化も顕著だ。ベトナムやネパール、イスラム系のお店も目立つ。串刺しにしたケバブを売るお店の前にはびっくりするほどの大行列だ。彼女らのお財布にはあまりお金がない。またダイエットも気になるのかもしれない。焼肉などのがっつり系は避けて、立ち食い、歩き食いが気軽にできる韓国ソウルフードはお気に入りなのだろう。なんといってもこの街で提供されるチーズダッカルビやアリラン・ホットドッグ、チーズハットグはおいしさもさることながらインスタ映えするものが多い。