2019年(令和元年)秋、1人の無期懲役囚が熊本刑務所から仮釈放された。1950年代末に21歳で無期懲役の判決を受けたその男は、“日本最長”61年間の服役期間を刑務所の中で過ごしてきた。「日本一長く服役した男」はかつてどんな罪を犯し、その罪にどう向き合ってきたのだろうか?
ここでは、NHK熊本放送局(当時)の杉本宙矢記者と木村隆太記者が61年ぶりに出所した男「A」に密着取材し、その全記録を記した渾身のノンフィクション『日本一長く服役した男』(イースト・プレス)より一部を抜粋。61年前、Aはどんな罪を犯し、無期懲役判決を受けることになったのか――。取材班の奮闘が始まる。(全2回の2回目/1回目から続く)
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“部外秘”の内部資料
残念なことに、「わからん」がAの口癖だ。
嘘をついたり、言いたくないというよりかは、思考が混乱したり、ストップしたりするタイミングで発せられるような感じで、いつも少し困ったような顔をしてそう言うのだ。私たちもなんだか問いかけ続けるのが、申し訳ない気持ちになってくる。
A自身が語る過去は、ごくわずかだった。まるで考古学者が、ほとんど跡形のない遺跡の発掘現場に佇んでいるような記憶の世界。ただ、幸い私たちはその“遺跡の見取り図”だけは入手することができていた。
取材を始めて少しした頃、木村記者が報告にやってきた。手にしていたのは数枚の紙だ。なにやら履歴書のような体裁で、細かい文字が並んでいる。いわゆる「内部資料」だった。
内部資料というのは個人情報が満載で、通常は“部外秘”のため、表だったルートから取材しても入手することはできないものだ。だが、ここが記者の腕の見せ所。個別に関係者と接触し、秘密裏に情報提供を求める。こうした裏ルートで入手した情報はファクトの根拠として使えるが、明確なソースを明かすことができない。情報源の主、つまり“ネタ元”の身を守るためだ。
これは「取材源の秘匿」といい、記者にとって最重要の倫理といっても良い。各社の事件報道などでしばしば使われる「(捜査)関係者によりますと」という抽象的な表現は、この「取材源の秘匿」のためである。今回の資料も、普段から様々な現場で地道に関係を作り、信頼を得てきた木村記者だからこそ、提供してもらえたのだろう。
Aの過去の“見取り図”からスタート
その資料は、どうやらAの仮釈放の手続きを進めるにあたって作成され、関係機関の間で共有されるものらしい。Aの大まかな経歴がプロファイルされていた。生まれ、家族構成、就労先、健康状態や生活能力、過去の犯罪歴などの、必要最低限の情報が書かれている。そして、問題の事件の概略も数行、記されていた。
〈犯罪の概要〉
昭和31年○月○日、男は強盗殺人事件を起こした。場所は岡山県。共犯者の少年とともに金目的で女性を襲った。共犯者と打ち合わせ、男が実行犯ということ。女性は死亡し、男と共犯者の少年は、強盗殺人の罪で無期懲役に服している(表現を加工して記載)
これこそほしかった情報だ。特に取材を広げるには、事件の正確な日付と場所はマストだ。ただ、全体として見ると内容が必ずしも明確ではない。61年という、あまりに長い時間が経過しているせいか、行政文書にもかかわらず、所々表記の揺れや情報の曖昧さがある。
ともかく私たちはこの“見取り図”から出発するしかなかった。