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“時をかける”地取り取材 

 師走。私たちは事件取材の基本に戻ることにした。現場である。

 熊本駅からおよそ2時間半。元浦ディレクターも含めた取材班の3人は、新幹線から降りて、岡山駅にいた。そこは熊本駅よりもずいぶんと広く、きょろきょろと見渡してしまう。かの桃太郎伝説で有名な地。名物の「きびだんご」がお土産にほしいところである。

 現場近くで住民らに聞き込みをする取材手法は、記者の間では「地取り取材」と呼ばれる。これまで殺人事件の現場周辺や、熊本地震の被災地などで地取り取材をして回ったことはあるが、半世紀以上前の事件となるとさすがに初めてだった。

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 調べられる期間はせいぜい2、3日。なにせ他の業務をなげうっているのだ。幸い新聞記事から事件現場のおおよその場所は見当がついていた。現場近くは大通り沿いに昔ながらの商店が並び、中には100年以上前から続く老舗もある。裏手に入ると、閑静な住宅街が続いていた。

 手がかりは、新聞記事の情報と、あの1枚の写真だった。

 昔からありそうな商店や住宅に的をしぼり、手分けして1軒1軒訪ね歩いた。しかし、

「見たことないね」

「そんな事件があったような気がしますな」

 61年という年月は、記憶も地縁も失わせるには十分な時間なのか。

近隣に住む人の断片的な話

 加害者であるAについての情報はなんらわからなかったが、それでも地道に聞き取りを続けていると、被害者の女性について、事件現場の近くに住む複数の人たちから断片的に話を聞くことができた。正確かどうか定かではないが、聞いた話を総合するとこうである。

・被害者の夫が営んでいた精肉店は、もうなくなっている 

・被害者の女性の夫は再婚し、元の家に住んでいたようだ

・自宅だった建物には、今も人が住んでいるらしい

・近所付き合いはほとんどない

 実際、現場近くに被害者の女性とその夫が住んでいたという家があることがわかった。近くまで行ってみると、生活感があり、空き屋のようには見えない。聞き込みの通り、今も誰かが住んでいるらしい。軒先には古びた表札。そこには、新聞記事で目にした被害者と同じ名字で、その夫の名前がフルネームで掲げられていた。

 被害者にかかわる取材というのは、いつも心苦しい。まして60年以上も前の事件について、聞かせてほしいと急に取材に訪れた我々に対して「はい、どうぞ」とはいかないだろう。緊張のなか、木村記者がインターホンを押した。