2019(令和元)年秋、無期懲役刑で“日本最長”61年間服役していた83歳の男が熊本刑務所から仮釈放された。このニュースは翌2020(令和2)年9月11日に社会を駆け巡り、「えっ、リアル浦島太郎じゃん」「何をしでかしたのか、気になる」とネットがざわついた。「日本一長く服役した男」はかつてどんな罪を犯し、その罪にどう向き合ってきたのだろうか?
ここでは、NHK熊本放送局(当時)の杉本宙矢記者と木村隆太記者が出所した男に密着取材し、その全記録を記した渾身のノンフィクション『日本一長く服役した男』(イースト・プレス)より一部を抜粋。2019年9月に男が仮釈放され、61年ぶりに娑婆に出たときのエピソードを紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)
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段ボール一箱に満たない所持品
2019年9月4日、午前8時50分頃。
仮釈放された男が、熊本刑務所の正面玄関から刑務官数人と一緒に出てきた。男は車の後部座席に乗り込む。刑務所と福祉施設を仲介する支援団体が用意した車だった。
乗り込む直前、刑務官がなにやら男に声をかけているようにみえた。「元気でな」「頑張れよ」。そんな言葉をかけているのだろうか。刑務所の敷地外にいる私(木村記者)のところまで会話の内容は聞こえてこないが、刑務官の表情は、穏やかな笑顔だった。
一体、男はどんな人物なのだろうか。61年ぶりの外の景色を車内からどう眺めているのだろうか。支援団体が走らせる車を後ろから追いかけながら、私と元浦ディレクターは妄想を膨らませていた。
刑務所を出た支援団体の車は、保護観察所、熊本市役所を経由。道中、食堂での昼食を挟んで、午後には受け入れ施設へと到着した。先述の通りこの施設は、一般的な老人ホームでありながら、刑務所から出所した高齢者などに居場所を提供してきた「自立準備ホーム」でもある。庭先には色とりどりの季節の花であふれた花壇があり、すぐ脇を流れる川では、透き通った水面を魚たちが気持ちよさそうに泳ぐ、のどかな場所だ。
男は車を降り、ゆっくりと自らの足で歩き、案内されて事務所へと進んだ。出迎えたのは職員とあの社長(編注:施設を経営する53歳の代表)だった。
「荷物はこれだけ?」
社長は少し驚いた様子だった。
61年間も刑務所にいた男の荷物が、段ボール一箱にも満たなかったからだ。所持品を見てみると、コップやスプーンなど、ほとんどが生活雑貨。ただ、1つだけ意外なものが出てきた。