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逃した千載一遇の機会

「……」

 ガラガラという音とともに、引き戸が開いた。目の前には50~60代ぐらいとおぼしき男性が立っている。

「あのう、NHKなんですけど、実は今……」

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「うちは結構です。忙しいので」

 ピシャッ。取材の趣旨を話す間もなく、扉を閉められてしまった。

 理由はともかく、一度断られた場合、すぐにもう一度開けてもらうのは難しい。ここは、いったん引いて時間を空けるしかないだろう。

 だが、もう一度取材班が訪れたときには、住民に会うことはできなかった。私たちは、千載一遇の機会を逃してしまったのかもしれない。この訪問の重要性を私たちが理解するには、あと1年待たねばならなかった。

 これ以上、新たな情報は得られないのだろうか。もう諦めようかと思いかけた頃、1人の男性に出会った。現場付近の理髪店の店主が、当時のことを覚えていたのだ。

 69歳の店主の男性は営業中にもかかわらず、店を出て現場を案内してくれた。

「子どもと同級生だったんですよ」

「現場は……、ここですかね。ここに橋があったんですよ。で、奥さんが逃げて、ずっと向こうの方に行って亡くなられたんですよ」

 住宅街の間にある200メートルほど伸びるまっすぐな道路で、男性は方向を指さしながら当時のことを振り返ってくれた。私たちは、さらに質問を続けた。

「刺されて逃げようとしたのでしょうか?」

「そうそう、刺されて逃げて、あそこの電柱あたりに倒れて亡くなられたみたいですよ」

 しかし、なぜこうも詳しいのか? 素朴な疑問を抱いたが、男性はふとこう言った。

「私、○○さん(被害者)の子どもと同級生だったんですよ。お姉さんの方ね」

 お姉さん? 私たちは顔を見合わせた。被害者に息子がいたという話はあったが、娘がいるという話は初耳だった。

 新たな情報。被害者には、息子のほかに、娘がいた。仮に当時の夫が高齢で亡くなっていたとしても、子どもはまだ存命の可能性がある。この同級生の店主の年齢から計算すると、娘は当時7~8歳、現在は69~70歳ぐらいになるだろうか。ただ、店主も高校卒業後は会っておらず、今はどこにいるかまでは知らないという。

 すでに夕刻。取材はそろそろタイムリミットだった。