東京都知事の小池百合子、イラク大統領だったサダム・フセイン、パレスチナ解放機構議長を務めたヤセル・アラファト――悪名含めいずれも名高いお歴々には、共通点がひとつある。
「他にもガリ元国連事務総長、アルカイーダ指導者、SNSを使った中東民主化運動のリーダー。指を折ればきりがないですが、いずれもエジプトにあるカイロ大学の出身者なのです」
いわくエジプトの東大、またいわく中東のハーバード。だが世評の高さと裏腹に、カイロ大学について知る人は本邦にはほとんどいない。OBの浅川芳裕さんが解き明かした謎めいたアカデミアの姿は我々の大学観を粉砕する。
「ひとことで学風を表現すると、『混沌』という言葉が相応しい。例を挙げれば、学生運動の激しさ。学生の過激化を恐れて、大学内に警察や公安の施設が当然のように存在する。大統領の訪問に際しては、休校にしてキャンパスを完全無人化した上で、軍用ヘリでやってきます。暗殺を恐れてのことです。まさに国家と学生のガチンコ勝負が繰り広げられているのです」
大学の自治などという近代的な発想とは無縁の修羅場。そもそも、大学とは何かについてコンセンサスなど存在しない。
「日本の大学にはそれぞれ建学の理念があるのが当然ですが、カイロ大はそれすら混沌としている。国民国家エジプトのエリートを育成するのか、それともイスラーム世界の指導者を輩出するのか、はたまたファラオの末裔としてのプライド、アラブ人としてのアイデンティティーを涵養するのか。学生にインタビューしても、三者三様です。原因は建学時にさかのぼります。代表的な建学者と目されている人物だけで8人もいて、それぞれ思想も理念もバラバラだった。競合する異なった価値観がキャンパス内で入り乱れ、今に至るまで学生たちを混乱の淵へ陥れているわけです。やがて巣立ったOBたちは、その闘争を世界中に拡散させていく。『9・11』『イスラム国』といった世界史的な事件事象も、カイロ大学思想闘争の“場外乱闘”とみれば、すっきり整理できます」
しかし、本書は一体だれが読んでいるのか。
「高校生からは早速、『カイロ大学が第一志望です!』、年配の読者からも『もう少し若ければ……』といった声が届いています」
若者にすれば将来がクリアな凡百の大学より、混沌に満ちたカイロ大学が妖しく魅力的に映るかも。
『“闘争と平和”の混沌 カイロ大学』
一筋縄では行かない人材を各界に輩出し続ける謎の大学カイロ大学。大学の歴史、あり方、各学部の紹介はもとより、エジプトの風土、国民性までを踏まえた上で明かされる大学の本質は、驚きとともにクスリと笑える面もある。特に終盤に語られる著者自身の留学記は白眉。日本では経験できないエピソードには抱腹絶倒。