舟大工を探しに謎の古代宗教・マンダ教徒に会いに行く
――行くだけでも大変な場所で、なぜ舟で湿地帯をめぐろうとしたんですか?
高野 今回、旅のパートナーとして、探検部OBの山田高司さんに同行してもらっているんですが、世界各地で川めぐりをしてきた探検界のレジェンド的存在です。その昔、山田さんが1997年に立ち上げた環境NGOに私がスタッフとして参加したことがあって、そのとき今度2人で大河を舟旅しようと約束していたんです。
旅の計画段階で、湿地帯の動画を山田さんに見せたら、「えー舟やな、えー舟大工がいるな」と土佐弁でいう。実家が四万十川にある山田さんならではの鋭い着眼点でしたが、だったら現地の舟大工に伝統的な舟をつくってもらって旅をしたら面白いんじゃないか? 山田さんとの20年越しの約束も果たせるんじゃないかと思ったわけです(笑)。
そこでまず、アフワールで伝統的に舟大工を担っていたのがマンダ教徒だったという情報を得て、謎の古代宗教を信奉する彼らに会いに行きました。
――謎の古代宗教?
高野 マンダ教はもともとはユダヤ教の新興宗教のようなかたちで現れて、原始キリスト教とも関係があったと言われていますが、非常にユニークな教義を持っています。人間は位の低い神が間違ってつくったもので、つくったものの起動しないから「光の世界」から魂を持ってきて入れた。だから死ぬと魂はもといた「光の世界」に戻るという、まるでウルトラマンやエヴァンゲリオンを足したような世界観です。
迫害を受けて湿地帯に逃げ込み、2000年近くひっそり隠れて暮らしてきたマンダ教徒たちは、古代シュメール人さながら、粘土と葦でつくった家に住み、死者の手にはお守りを握らせて送るんですね。
国の政情もカオスだが、内側には境界のない湿地帯というカオスが…
――そうしたものが温存されていること自体が奇跡的ですね。
高野 しかも、マンダ教徒の舟大工がまたすごかった。舟の肋骨の切り方も釘の打ち付け方も、もうびっくりするほど適当で、私が中学生のときにつくった犬小屋のほうがマシなレベル(笑)。舟づくりの顛末は本でお読み頂ければと思いますが、こんなものが浮くのだろうかと不安を覚え、カオスに飲み込まれていくような感覚でした。
湿地帯では自分の中の自然観がゆがんでいきましたね。自然って普通は山や川や海の境界があって、輪郭をもって感じられるもの。ところがアフワールはどこからが湿地帯なのか全くわからない。年によって水の増減が激しく、カラカラの荒れ地も雨が降ると一気に湿地帯に変容するし、住んでいる人達に聞いてもみんなどこからが湿地帯なのか答えられない。
イラクは「カオスの二重構造」としか言いようのないものでした。イラクという国自体が政情不安定で混乱しているし、さらにその内側に境界のない湿地帯というカオスが広がっている。とくにフセインが一度水を堰き止めてアフワールを壊してからは、湿地帯が回復なかばで、とにかく茫洋としていました。