守屋さんは、この水害を経験した夫の祖父から、「人が流されていくのを屋根の上で見ているしかなかった」と何度も聞かされた。これを聞くたびに「川があふれる時には、逃げなければ助からない」という思いを強くした。
こうした洪水に備えるため、箭田地区のまち協では建造物などに堤防の高さでオレンジのラインを引いて回った。「伝承などから最悪の場合にはここまで浸かる」と考えたのだ。発災の2年ほど前から取り組みを始めた。
だが、「堤防の高さ」は地面から6mほどになる場所もあった。あまりの高さに「そんなところにまで水が来るわけがない」と笑う住民もいた。報道機関に取材を要請した時にも、「嘘でしょう。あそこまでは浸からない」と言われた。
バックウオーター現象の連鎖で急激に水位が上昇
しかし、2018年7月6日深夜--。
前日から停滞した梅雨前線に、暖かく湿った空気が流れ込んで、西日本の一帯は記録的な大雨となった。高知県では24時間の雨量が800mmに達した地点もある。岡山県でも高梁川の流域では降り始めからの雨量が400mmを超えた。このため高梁川は中流部で氾濫し、川沿いの住宅を2階まで呑み込んだ。
真備町のある下流部では、氾濫こそしなかったものの、水かさがどんどん増えて観測史上最高の水位を記録した。
その結果、支流の小田川から、本流の高梁川に水が吐けなくなった。
こうした時に起きるのは、バックウオーター(背水)と呼ばれる現象だ。本流が上昇した水位まで、支流の水位も上がってしまう。そもそも小田川の水量も増えていて、真備町の上流にある観測点では、こちらも観測史上最高の水位を観測していた。
そうなると、小田川だけでなく、小田川の支流でもバックウオーター現象が起きる。
高梁川→小田川→その支流、というバックウオーターの連鎖が起き、急激に水位が上昇していった。
新しいハザードマップでは想定浸水深が以前の2倍に
このうち最も堤防が低く、脆弱だったのは、小田川の支流だ。日付が7月7日に変わろうとしていた頃に決壊が始まり、3本の支流で洪水が起きた。さらに小田川でも堤防が崩落。真備町の市街地が呑み込まれていった。
浸水深は最も深いところで5m強。民家だと2階の屋根がかろうじて水面から顔をのぞかせるレベルである。箭田地区のまち協のメンバーが引いて回ったオレンジラインのすぐ下まで浸かった。
人々に嘲笑されたオレンジラインではあったが、実際には正しかったのだ。「嘘でしょう」と言った報道関係者は被災後、「自分が間違っていた」と謝りに来たという。