月刊「文藝春秋」の名物政治コラム「赤坂太郎」。2023年8月号「岸田自民を恫喝する学会の『喧嘩屋』」より一部を転載します。
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総裁選は無風で乗り切りたい
イギリスの劇作家シェークスピアは1600年、恋愛喜劇を上梓した。「Much Ado about Nothing」。空騒ぎ――。6月21日に閉幕した通常国会最終盤に吹き荒れた「解散風」は、この言葉が似つかわしい。時の首相だけが持ち得る「伝家の宝刀」の魅力に取り憑かれた岸田文雄に、永田町は振り回された。
しかし、5月24日、長男で政務担当の秘書官の翔太郎が公邸で忘年会を行い、親族と記念撮影していた問題が発覚。当初は翔太郎への厳重注意だけだったが、29日に更迭に踏み切った。背景には安倍政権で政務担当秘書官を務めた内閣官房参与の今井尚哉の存在があった。
「翔太郎はすぐに切るべきだ。解散を打ちづらい環境を放置しておくべきではない。今回が解散のラストチャンスだ」。今井は経済産業省同期で政務担当首席秘書官の嶋田隆や官房副長官の木原誠二に伝えていた。
愛息を切ってまで解散の環境整備に努めた岸田。周囲には「野党が内閣不信任決議案を出してきたらわからない」と漏らし、6月5日には党本部で会った副総裁の麻生太郎、幹事長の茂木敏充に「衆院選の公認作業を急がないといけない」と指示し解散風を煽った。同月13日の記者会見で岸田はようやく解散見送り方針を固めた。
来年9月の自民党総裁選の再選を狙う岸田は、直近の衆院選で勝利して総裁選を無風で乗り切るのが基本戦略だ。今解散に打って出ても総裁選まで1年以上の間が空き、衆院選に勝利しても政権が失速する可能性がある。極秘の情勢調査では現有議席維持と出たが、長男の問題、マイナンバーカードを巡るトラブルと下降リスクが顕在化していた。議席が減少すれば総裁選再選も覚束ない。
学会「2万票」の持つ重み
中でも最大のリスクは公明党との選挙協力を巡る不協和音だ。東京28区の候補者調整が難航。公明党は5月25日、東京での自民党との選挙協力解消を打ち出していた。
公明党は1小選挙区あたり約2万票持つとされる。前回衆院選の東京選挙区で勝ち抜いた自民党候補は15人だが、次点との差が2万票以下だったのが、こども政策担当相の小倉將信ら5人いる。自民党の衆院議員のうち「100人以上は公明票がなければ当選できない」(自民党選対幹部)との試算もある。
1999年に連立を組んで以来24年。いったい自公間で何が起きているのか。