消費を激減させた歴史的出来事
ところが、歴史を遡ってヨーグルト事情を見てみると、ちょっと違った一面が見えてくる。図2を見ると、ヨーグルト消費量はあるとき一気に減少しているのだ。たった数年で半分以下にまで急減しているのは、「食の多様化」「嗜好の変化」という言葉で片付けるにはあまりに急激すぎる変化だ。いったい何が起こったのだろうか?
ヒントは、このグラフの年号にある。1991年というのは、世界を大きく変える出来事が起こった年として重要な年である。
そう、ソビエト連邦の崩壊だ。
全盛期のソ連は東ヨーロッパの広い地域に勢力を及ばせ、各国に共産党政権を誕生させて自らの経済圏に取り込んでいた。そのソ連が崩壊したことは、周辺の国々の食事を大きく変えることでもあった。
ソ連時代に多く食べられていた理由
ソ連の時代、ブルガリアも他の東欧諸国と同様に、社会主義に基づく政治が行われていた。現在世界に普及している資本主義というのは、「がんばった人がより豊かになれる」という競争原理が基本だが、社会主義というのは「利益をみんなで分配して平等に豊かになろう」という考え方。その食料政策において重要なことは、「多様な選択肢があって、お金があればいろいろなものが食べられる」ことではなく、「すべての国民が平等に栄養のあるものを食べられる」ことなのだ。効率よくベーシックな栄養を皆に供給することが最重要で、バリエーションやグルメは重視されない。
では、効率のよい食料とはなんだろうか? 与えた飼料に対する生産物のエネルギー変換効率を示したのが、図3だ。これを見ると、100キロカロリーの餌を与えた場合、牛乳だったら24キロカロリー分が生産できるところ、牛肉だと1・9キロカロリー分しかできないということがわかる。
12分の1以下だ。肉類、特に牛肉の生産というのは、その何倍ものエネルギーを穀物飼料等の形で必要とするものなのだ。生産効率という観点で見ると、タンパク源としての牛乳の優秀さが目を引く。
そういった合理性に加えて、国営企業のもとでの大規模生産や流通の合理化などもあって、牛乳から作られるヨーグルトは社会主義政権のもとで重要な食料と位置付けられ、生産・消費が奨励された。通産省からは飲食店で肉料理を提供しない日を設けて代わりに乳製品や魚を使うよう通達があり、ヨーグルトは健康的な完全栄養食だというプロパガンダとともに、消費が推進されたのだそうだ。
1980年代には、ブルガリアの一人あたりヨーグルト消費量は世界一に。伝統的な食事という顔も持ちつつ、人民食として政治的に強化されていったのだ。ちなみに国旗カラー(白・緑・赤)でブルガリアの代表的な料理とされるショプスカサラダも、この時代に観光資源として政府によって開発されたものなのだそうだ。