先日、役所勤めのトランスジェンダーの職員が、階上にあるトイレ利用に制限されていた問題について最高裁判決が出て、その内容にどよめきが広がっていました。
まるで最高裁が「戸籍上は男性だが女性として暮らす人物に女子トイレの使用を認めた」判決を出したかのように広く誤解されたからなんですが。
トイレの利用制限を巡った裁判
本件は、後述の通り「あくまでこの裁判の事例においては」ということであって、一般的に「戸籍上は男性だが女性として暮らす人物に女子トイレの利用にお墨付きを出した判決」ではございません。
トランスジェンダー “女性用トイレの使用制限”違法 最高裁
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230711/k10014125111000.html
この人物は、きちんと病院に行って男性から女性へ性自認と身体自体を同じ方向に向けるためのホルモン治療も行ってきておりました。また、勤める職場でも「この人の性自認は女性だ」ということで、経産省内でも女性として問題なく働いていたものの、トイレの利用のところだけ制限がかけられ不便な上階の利用を促されていたことに対して起こした裁判です。
また、一部ネットでは「そういう個別事例で裁判起こすなよ」的な批判も見受けられましたが、裁判をする権利は国民に広く認められているものですし、訴えが正当であるならば、今回のように最高裁も熟慮の果てに判断してくれるという意味で、民主主義である我が国の司法は開かれておるなあと思う次第です。
限られた文字数での公知が誤解を生むことに
そして、提訴してから8年、性自認が女性であることを表明してから12年が経過した本件に対して、最高裁の判決は割と穏当です。
本件では、明確に「判決は不特定多数の人が利用する公共施設のトイレ利用の在り方に触れるものではない」と付け加えられている通り、一般の性自認女性を名乗る男性が、何の制限もなしに世間の女性トイレを使っていいよと最高裁がお墨付きを出したという話ではありません。
今回のトランスジェンダーによる女性トイレ利用においては、特に認定された部分において2010年に職場である経済産業省が、原告トランスジェンダーの同僚らを対象に本件に関する説明会を開いていて、そこで女性職員数人が違和感を示したとして制限を決めたことについては「(トランスジェンダーの女子トイレ利用に対して)明確に異を唱える職員がいたとはうかがわれない」としています。限られた人間関係で成立している職場などでのトイレ利用においては、これらの不当な不便を強いないように職場側の管理責任を認める方向であることは間違いありません。
報道では、この裁判の背景と判決の中身を限られた字数で公知させてるため、なんかこう、性自認が女性なら誰でも女性トイレに入りかねないから危機的だ、と受け取られやすい内容になっちゃってるんですよね。