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「僕は嫌なことから逃げていたんです」講談師・神田伯山が語る「修業時代」と「師匠と弟子」

講談師・神田伯山インタビュー

2023/07/20
note

未来予想図をイメージしながら教えることが楽しい

――ひと月に1席覚えていくというのは、結構早いペースなんですか。

伯山 月1席は、普通にやれば出来る数字だと思います。前座修業が4年間として、1年12席ずつ覚えていけば、ターゲットにはほぼ達する計算ですが、その数字にこだわりすぎると、弟子にとっては重圧になりかねない。一言一句覚えたのを聴いてあげる、そういう場を作る。いい具合のプレッシャーをかけるのが師匠の役割じゃないかと思いますね。人間て自分だけで努力するのなかなか難しいんですよ。努力の仕方も分からないと思うので。

――ラジオや、高座のマクラを聞くと、二番弟子の青之丞さんは、いろいろと話題を提供しているような……。

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伯山 僕が飲みたいインスタントのしじみ汁を作るのをすっぽかして打ち合わせに行ってしまったり、でかでかと「はちのへ」と書かれた帯を締めて高座に上がろうとしたり(笑)、不器用なところが確かにあるんですが、とても期待しています。前座のうちは特に、丁寧に教えると成長も大きいです。これに関しては、一番弟子の梅之丞、三番弟子の若之丞も同様です。

 

――稽古をつけていて、分かるんですね。

伯山 そうなんです。僕自身「この子は将来どうなるんだろう?」と未来予想図をイメージしながら教えることが楽しいということに気づいたんです。これは、発見でしたね。

――いま、お弟子さんは3人ですが、将来的に講釈場を作ることを考えると、若手の質と量も意識しないといけない。お弟子さんを教えるとしたら、何人くらいまで行けそうですか?

伯山 いやあ、それは結構大きな問題でして。いま、3人でも結構きついんで、6人、頑張って7人くらいでしょうか。どうなるかこればかりは予想もつきません。なんらかの流れで、生涯をかけて20人、30人とはなっていくかもしれませんが、たくさん弟子を取ったはいいけれど、ちゃんと稽古をつけずに放置してしまうのは嫌なんですよ。稽古をつけることがいちばんの信頼につながりますから。僕が師匠から一つひとつ丁寧に教わった経験も大きいんですが、上から頂戴したものは、下に伝えていくという思いは強いです。

現役のプレイヤーであると同時に名監督でもあるウチの師匠

――そしてこの本で印象的なのは、師匠である神田松鯉先生との対談です。松鯉先生は弟子である伯山先生にこう話しています。

〈いま講談界全体が、お前のおかげで活気づいてる。自分の弟子にこんなことを言うのもヘンだけれども、すごい人が出てきてくれたと思って感謝してるんです。ただ、これをこのままで終わらしちゃいけない。私たちは足を引っ張らないよう、支える役をやりますから、お前には遠慮しないでどんどんやってもらいたいと思ってるんですよ。〉

 この言葉には度肝を抜かれました。師匠が弟子に対して、これだけ謙虚にいられるものかと。

伯山 ありがたい言葉です。でも、額面通り受け取ってはいけないとも思うんです。師匠にこんなこと言われました!と喜ぶのもなんか違うし(笑)。

 

――WBCの侍ジャパンの記録映画『憧れを超えた侍たち 世界一への記録』を観ていたら、栗山英樹監督は常に「選手が主役」という空気を出していたんです。松鯉先生のこの言葉には、それに近いものがあるんじゃないかと思って。

伯山 僕もあの映画、観ました。栗山監督はチームの潤滑油でしたよね。ウチの師匠は齢80歳にして現役のプレイヤーであると同時に、選手をその気にさせる名監督の資質もあるという。両方が最高峰という稀有な方です。