「俳句の会の後でみんながランチにいっても、私はまっすぐ飛んで帰ります。この子が生きている限り、私は病気で入院するわけにもいきません。怪我もできません。だからバスに乗り遅れそうでも絶対に走らなくなりました。それはやっぱり責任ですよね」
外出先から戻り玄関のドアを開け、ちょっと憮然とした表情で三和土の上でお座りするトッティの姿を見て、ほっと胸を撫でおろす。このあたりの感覚は超シニア犬と暮らしていた私も分かりすぎるほどよく分かる。もし犬に留守番させているときに何かあったら……と外出中につい想像してしまうものだからだ。
「この間ね、そうやって2時間を少し回った頃に帰宅したんです。そうしたら玄関で待ち構えたトッティが私の姿を確認すると、おもむろにトイレシートのある奥の部屋にいって、ジャーッとやったんですね。ところが1歩分だけシートからずれてたんです。いつもは失敗なんかしませんから、これは『遅いじゃないか』というトッティなりの抗議だったんだと思います。すごい根性してるな、と思って(笑)」
「トッティちゃん逝っちゃったらどうするの?」
今年5月、トッティは晴れて20歳になった。犬の20歳は人間でいえば100歳をゆうに超えている。息子さんは9年前に家を出ており、今は大場さんとトッティ、正真正銘の2人暮らしだ。そのことを知っている友人や知人から「大場さん、トッティちゃんが逝っちゃったら、どうするの?」と訊かれることも少なくない。
「そういうときは『なんとかなるでしょう』と笑い飛ばしていたんですけど、やっぱり自分でもどうなっちゃうんだろう、どうすればいいんだろうと心の片隅にはひっかかっていたんです。そんなときに伊藤さんの本の広告を新聞で見つけたんです」
拙著『ペットロス』の発売当日、大場さんは近所の書店が開く10時になるのを待って、小走りで買いにいったという。
「今まで私も何十年も読書経験ありますけど、『この本をいますぐ手にとりたい』と思ったのは初めてのことでした」
まったく著者冥利に尽きる話だが、大場さんは拙著を「買ってきてすぐ読んで、2回目を読み終えてから」私にメールを下さったのだという。
「千葉に住んでいる孫に、『この本の著者に感想を送りたいので、連絡先を探してもらえない?』と頼んだら、すぐにインターネットで見つけてくれました」
そして今日、こうして私は大場さんとトッティに会うことになったわけである。
撮影=伊藤アキコ