そんなクルーズにも、あまり誇れないニュースが出たりもした。コロナ禍での撮影中、ソーシャルディスタンスを守らないクルーをクルーズが怒鳴りつけた音声がメディアにリークされたのだ。そのことについて、ペッグは「トムはプロデューサーでもある。あの状況で彼は大きなプレッシャーを抱えていたんだ。あの時、僕らは、ルールを守ることに集中していなければいけなかった。たしかにちょっと度を越してしまったかもしれないが、彼の言っていることは間違っていない」と弁護する。
事実、その音声でクルーズ自身が言っているように、彼はあの時、自分の映画だけでなく、映画業界そのもののリーダーを務めてもいたのだ。コロナの中でこんな大規模な映画の撮影に挑んだクルーズは、業界の人々から多くの相談を受けていた。自分たちがちゃんとやってみせて、ほかの人たちにも追従してもらい、映画製作が途絶えないようにすることは、彼のもうひとつの使命だったのである。
トム・クルーズは「最後の映画スター」かもしれない
最近も、クルーズは、21日にアメリカ公開される「バービー」「オッペンハイマー(原題)」を劇場に観に行こうとツイートした。映画スターであるクルーズは、映画文化に栄えて欲しいのだ。
クルーズを最後の映画スターと呼んでいいかもしれない理由は、そこにもある。かつて、アメリカでは、映画俳優とテレビ俳優は明確に分かれていた。映画スターは、アルマーニやディオールなどトップクラスのブランドの広告塔を務めることを除けば、コマーシャルにも出なかった。しかし、HBOがクオリティの高いドラマを送り出すようになってアメリカのテレビ界が黄金時代を迎えてから、境目は薄くなり続け、最近ではハリソン・フォードやロバート・デ・ニーロまで配信ドラマに出ている。
それでも、クルーズは断固としてビッグスクリーンにこだわる。広告に関しても垣根が低くなり、とりわけ「特別な機会」と言い訳できるスーパーボウルには、映画俳優が出演するCMが数多く見られるようになったが、そこにクルーズが出てくることは想像がつかない。昔からほかのスターがやってきたように、アメリカの人には見られないからと日本やヨーロッパのコマーシャルに出て楽に稼ぐということも、彼はしない。
観客を楽しませながらも、彼自身は観客とは違う世界、憧れの世界にいる。お茶の間のアイドルとは違う、一番高いところにいる映画スター。クルーズは、それを貫き続ける。そして、極上のプロデューサーでもある。「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」を見たクルーズは、自分もハリソン・フォードの年齢までアクションを続けたいと語った。彼ならば、きっとやってみせるだろう。ということは、あと20年、我々は彼の映画を楽しませてもらえるということ。映画好きにとって、それはなんとも嬉しい話ではないか。