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なぜサンとアシタカは一緒に暮らさないのか? 『もののけ姫』が“異色”である3つの理由

2023/07/21
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高畑の“辛口評価”の真意は?

 この『ナウシカ』への辛口の評価は、作家・宮崎駿の実力を知っているからこそ完成した映画が必ずしも「現代を照らし返す」ものになっていないことを惜しんでの「30点」であると高畑は説明している。

(左から)宮崎駿監督、高畑勲監督、鈴木敏夫プロデューサー ©文藝春秋

 現代を見る視線を更新するような視点を持った創作。この「現代を照らし返す」という姿勢は、少し後に宮崎の口からさらに深められた形で語られることになる。

「パクさんが究極を極めてしまった」

 1991年、高畑の『おもひでぽろぽろ』完成後、宮崎は次のようにコメントしている。

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「この映画の出現によって、大きな課題が生まれてしまったと思います。(略)具体的に説明すると、『おもひでぽろぽろ』『となりのトトロ』『魔女の宅急便』などの作品は、管理社会に生きている若い人への応援歌だという点で、一見違うように見えて、実は同じだということなんです。それをやれば、観客は大変喜んでくれることもわかった。しかしパクさん(高畑勲監督)は、その方向を今回の作品でつきつめるところまでつきつめてしまった。平和な世界で女の子の自立を描くという企画は、この映画で究極を極めてしまった感があるんですね」(※3)

1991年に公開された『おもひでぽろぽろ』。昭和40年代を舞台に、少女・タエ子の日常とその後を描いた ©1991 岡本 螢・刀根夕子・Studio Ghibli・NH

 では、極めてしまった先はどこへ行けばいいのか。宮崎はこう続けた。

「ジブリとしては、次の作品の企画で方向の大転換をはからなければいけない時期にきているようなのです。(略)その時代の転換点をえぐりとるような作品を作るべきだということはわかっているんですが、具体的にどういう作品にすればよいかつかんでいません。おそらく誰にもわかっていない。私たちはいまそれを模索している段階なんです」(※3)

 当時は冷戦終結から間もなく、1991年1月からは湾岸戦争も起きている。冷戦下の秩序がほどけて、それまでと違った形へと世界が変化し始めた時期といえる。こうした時代の変化を背景に、「現実を照らし返す」よりもさらに踏み込んだ、「時代の転換点をえぐりとる」ことの必要性が訴えられている。

 これはつまり『ナウシカ』の時に浮上した“宿題”が、時代の変化を受けてより深まった形で示されたと考えることができる。そしてこの「時代の転換点をえぐりとる作品」という目標が、『もののけ姫』へと繋がっていくことになる。

『ナウシカ』から13年、『おもひでぽろぽろ』から6年。『もののけ姫』は、そうして抱えてきた課題に向き合う作品として、絶対に作らなくてはならない作品だったのだ。だからこそ、初期設定版の『もののけ姫』はそれに応えられるだけの“器”ではないと判断されたのだ。