市川さんは、筋疾患先天性ミオパチーによる症候性側弯症、および人工呼吸器使用・電動車椅子当事者である。会見時にも車椅子で壇上に上がった。
「私は訴えたいことがあって、去年の夏に初めて純文学作品を書きました。それがこの『ハンチバック』です」
訴えたいこと、とは「読書のバリアフリー」をはじめ、障害者と社会の関係性の改善だ。そのために、作品の主人公に自身と同一の症状を持たせた作品を書いた。
「重度障害者の芥川賞受賞も、障害者を主とした受賞作品も、これまでほとんどないようです。どうして2023年になるまでそうした例がなかったのか、みなさんに考えてもらいたいです」
みずからが重度障害を持つ初の芥川賞受賞者となって、壇上からそう問いかけたのだった。
「私生活では短気なところもある」市川さんが大切にしていること
会見の翌日、市川さんに話を伺った。
――受賞の報せ以来、いきなり周囲が慌ただしくなったのでは。ペースを乱されていないですか?
「昨日の夜は寝るのが遅くなり、睡眠は3時間ほどになりましたね。ただ、もともとショートスリーパーなので、これくらいは大丈夫です」
――新人賞の最終選考に残ったあたりから感情がうまく働かなくなっている、と打ち明けておられました。今回の受賞、そして一晩明けて、感情の湧き上がりは出てきましたか。
「お祝いの言葉はたくさんの方々から、メールなどを通してちょうだいして、それはもちろんうれしいかぎりですが、個人的な感情はいまだ動きません。平静でフラットなままです」
――受賞作『ハンチバック』の美点は、まずもって「読みやすくておもしろい」ところにあると感じます。そこは書き手として心がけたところでしょうか。
「私は20歳過ぎのころから、ライトノベルなどのエンタメ作品を志して書き続けてきたので、おもしろさというのはとても大切だと思っています。私生活では短気なところもあるせいか、わかりやすくておもしろいものが自分でも好きですしね。