2022年4月に火蓋を切った、ロシア・ウクライナ戦争。この戦いで、核兵器が使用される状況とはいったい?
防衛省防衛研究所防衛政策研究室長で、ロシア・ウクライナ戦争の解説者としてニュース番組でもおなじみの高橋杉雄さん編著『なぜウクライナ戦争は終わらないのか デジタル時代の総力戦』より一部抜粋してお届けします。(全2回の2回目/前編を読む)
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ロシア・ウクライナ戦争は、核兵器使用の可能性が常に意識される戦争でもある。事実、開戦以来ロシアが何度か核恫喝を行っており、現在は、冷戦終結後、最も核使用のリスクが高まっている状況といえる。であると同時に、2023年5月現在、核兵器は使用されていない。その意味で、核抑止は機能しているといえる。
ただし、この戦争においては非対称な形で核抑止が作用している。言うまでもなく、ロシアは米国と並ぶ核の超大国であるが、ウクライナは核兵器を保有していない。そのため、ウクライナに対しては、条約上の同盟国ではないが、やはり核の超大国である米国がバーチャルな核抑止を提供している状況にある。
そのことが、ウクライナが核兵器を保有していないにもかかわらず、ロシアの核使用が抑止されている大きな理由になっている。ロシアは、米国の直接参戦はもちろん、武器支援をためらわせる効果を核抑止に期待している。
一方、米国は、ロシアによる核兵器の使用を抑止することが核抑止の役割になっている。
核兵器使用が想定される場面
では、この戦争において核兵器が使用されるとすればどのような状況だろうか。ここではその点を考える上での前提を二つ確認しておきたい。
一つは、核兵器の使用の決定についてである。ロシアの場合で言えば、軍事ドクトリンという形で、核兵器を使用する状況の基準をある程度明らかにしている。しかし、核戦略の専門家の間では、何らかの条件が設定されていて、その条件が満たされれば核兵器が使用される、あるいは条件が満たされなければ核兵器は使用されない、と考えるのはアマチュアであると言われている。
核兵器の使用は、事前に公表された基準に基づくものではなく、その瞬間におけるその国の最高指導者自身の主観に基づいて決定されるからである。つまり、ロシアの核兵器の使用はプーチン大統領という個人が下す判断によって決まるのである。
もう一つは、核兵器の使用のされ方である。核兵器には、戦術核と戦略核とがある。戦術核は、基本的には戦場で使うことを主目的として設計された兵器であるから、一般的に威力が小さくなる。
一方、戦略核は、相手の核戦力や本土の都市を攻撃するために設計された兵器であり、一般的に威力は大きい。こうした違いがあることから、威力の小さい戦術核の方が使いやすいと考えられることが多い。