では後者の「決定的な敗北を回避する」シナリオはどうか。これは具体的には、戦場においてロシア軍が大敗し、通常戦力ではウクライナ側の進撃を阻止できなくなった場合に現実化する可能性がある。
核兵器を使用しなければ占領地を維持できない、あるいはウクライナ側からロシア領への逆進攻のリスクまであるというような状況になれば、プーチン大統領が核使用を考慮する可能性は一定程度存在する。
もちろんこの場合でも、核兵器の使用が米国の介入を招く可能性はある。しかしながら、どのみち戦場で負けているということであれば、米国の介入によってもそれほど状況は変わらないと判断する可能性もある。
むしろ逆に、米国の介入に対しても核使用で対抗すると恫喝することで、米国の介入自体を抑止できると考える可能性すら存在する。ウクライナが2022年9月にハルキウ反攻を成功させ、北部戦線でのロシア軍が壊滅状態に陥り、ウクライナ軍がロシア国境まで進出したときが、開戦後にこの種類のシナリオに最も近づいた状況であった。
そのため、このタイミングで米国もロシアに対して極めて強いメッセージを送っている。ただし、この時はプーチン大統領は核使用の決断を行わなかった。むしろ30万人の動員令を発することで、通常戦力を再建する道を選んだ。つまりこの段階でも、プーチン大統領にとっての「決定的な敗北を避ける」ためのファーストチョイスは通常戦力の再建だったといえる。
核兵器使用のタイミングは「利益>コスト」であること
いずれにしても、プーチン大統領が核兵器の使用を考慮する際、核兵器使用による利益だけでなく、それに伴うコストも検討するであろう。コストが利益よりも大きいとプーチン大統領が考える限り、核兵器が使用される可能性はない。そのコストのうち、最大のものが米国の介入である。その意味で、米国の反応についてのプーチン大統領の認識が、核抑止を機能させる上で最大の変数だということになる。
なお、ここで言う米国の介入は、核報復に限られない。通常戦力による介入もオプションとしては考えられる。実際、仮にロシアが核兵器をウクライナに対して使用し、米国がウクライナにいるロシア軍に対して核兵器を使用するとすれば、ウクライナは2波にわたる核攻撃を受けることになる。そう考えていくと、米国が介入するとしても、それは核報復の形ではなく、通常戦力による介入の形を取る可能性の方が大きいと言える。
しかしながら、ゼレンスキー大統領が、米国の核兵器による報復を望んだ場合にはその限りではない。実際、これまでもウクライナの国土は通常戦力によって大規模な破壊を被っている。もし米国の核報復が戦局を大きく変えるとゼレンスキー大統領が考えるならば、核使用を容認する可能性はある。そのとき、米国は、核報復に踏み切るか、あくまで通常戦力による介入にとどめるか、重大な決断を迫られることになる。