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女性選手たちが姿を消していた時代に突如現れた「競艇界の百恵ちゃん」…田中弓子が変えた“ボートレースの常識”とは

『公営競技史 競馬・競輪・オートレース・ボートレース』より #1

2023/08/10

 女子戦の舟券の売れ行きはかなりいい。21年度のボートレース1レースあたりの平均売上は5億2000万円だが、女子戦は1日あたり9億6000万円となっている。

ガールズケイリンの誕生と女性騎手の活躍

 1972年、勤労婦人福祉法が施行された。85年にこの法律は「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」(通称・男女雇用機会均等法)に改正される。

 法律ができたからといって、世の中が急に変わる訳ではないが、この頃から全就業者にしめる女性就業者の比率は次第に高まり、結婚後も女性が外で働くことが一般的になる。80年には全体の35パーセントだった共働き世帯(「労働力調査特別調査」「労働力調査」)は90年代前半にはほぼ50パーセントとなり、2021年の共働き世帯の比率は約7割になっている。

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 女性の社会進出が進みつつあった時代を背景に、スポーツ界では女性選手の活躍が話題になることが増えてくる。04年に開催されたアテネオリンピックでのなでしこジャパンの活躍や、冬季オリンピックでの女子カーリングのロコ・ソラーレはその好例だろう。

 売上低迷に喘あえいでいた競輪界は、女子競輪の復活を目論む。05年にJKA初の女性会長に就任した下重暁子は女子競輪の復活に強い意欲を示す。48年ぶりに復活した女子競輪は「ガールズケイリン」と名付けられた。ガールズケイリンのルールは、牽制行為が制限されるなど国際的な自転車競技に近いため、「競輪」ではなく「ケイリン」という表記が用いられている。

©AFLO

成功の鍵は三連単車券

 参議院議員の橋本聖子の存在も大きかったようだ。橋本はスピードスケート選手として冬季オリンピックに四度、スケートのオフシーズンの練習の一環として始めた自転車競技でも夏季オリンピックに三度出場という驚異的なアスリートだ。橋本が下重を訪ね、自転車競技の女性選手を競輪場でレースの合間などに観客の前で走らせてほしいと依頼したのが、ガールズケイリンのきっかけとなったと下重は述べている(下重『ブレーキのない自転車』)。

 橋本は競走馬生産大手の(善)橋本牧場の経営者・橋本善吉の娘ということもあり、苦境にあった地方競馬の支援のために立ち上げられた競馬推進議員連盟の中心メンバーでもある。

 12年7月、平塚競輪場でガールズケイリンが始まった。初開催のガールズケイリンの優勝者は当時19歳の小林莉子だった。