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(うるせぇ、ナイーブな野郎だ)と私は思った。この時の私は陣痛が来ない焦りで気が狂いそうであり、夫への気遣いなどはすっかり抜け落ちていた。夫は渋々2回セックスに応じたが、3回目の時に爆発した。

「なんか! 俺のちんちんが陣痛を引き起こすための道具にされてる気がする! 嫌だ! 俺はみゆきさんと愛のあるセックスがしたい!」

 夫は普段からとても紳士で、○ちゃんが女児だとわかってからは私の尻を触るのにも「お尻を触って良いですか」といちいち聞くようになった(お腹の中の○ちゃんが聞いているため)ほど、性的同意にコンシャスな男である。本来であればそれを尊重するべきだが、しかしこの時の私にとっては、夫の人権とちんちんよりも○ちゃんが41週より前に出てくることのほうが何億倍も大事だった。

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 もとはと言えば夫を出産に立ち会わせたくてこれだけがんばっているのに、こいつはそれを本当にわかってんのか。私の多大な苦労に比べたら、ちんちん入れて精子をピュッと出すくらい、楽なもんではないか。

「お前、何もしとらんやろが!!」

 私も爆発した。私たちは久しぶりに龍と虎になり、私は夫に向かって手元にあったMacBook Airを投げつけ、夫婦仲は出産を目前にして冷え切った。

©AFLO

 しかし、こうして2人で肩を並べて山に登っていると、そんなことはどうでも良くなってくる。

 夫は夫で妻の願いを叶えるために慣れない土地にやって来て、並走するために必死なのだ。出産前のこの貴重な時期を一緒に過ごしてくれる夫でよかった。山登りに付き合ってくれる夫で良かった。

 っていうか、それよりおかしくない? 私、臨月で陣痛が今にも起こりそうなのに、今、山登ってるよ。アッハッハ、アッハッハ……。

 とうとう山頂に着いた。山のてっぺんから見下ろす、京都の街の景色は清々しく、美しかった。

 いったい自分のどこにこれだけのエネルギーが残っていたのだろう、と驚いた。

 こんなにハードな行為に耐えられたのだから、この先のお産でどれだけ大変な目に遭っても乗り越えられるだろう、という気がした。

 冬の午後3時頃の霞んだ西日を眺めながら、M先生が握ってくれたおにぎりを5個食べた。その日の夜も結局陣痛は来なかった。Sちゃんに教えてもらった「陣痛引き起こし体操」を死ぬほどやりながら、40週の最後の日は過ぎていった。

「コロナ陽性です。これから隔離入院になりますので大至急病院に来てください」

 そう、知らない番号から電話がかかってきたのは、41週1日の夜、スーパーで翌日からはじまる入院のための買い出しをしていた時だった。

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 この続きは、発売中の『わっしょい妊婦』(CCCメディアハウス)に収録されています。