「私は明らかに“ママタイプ”じゃない」
そう思っていた作家の小野美由紀さんが子どもを作ると決めたのは35歳の時。仕事もある程度軌道に乗り、3年間付き合った男性と「ひょんなことから」結婚した後、むくむくと「産みたい」欲望が湧いてきたのだという。
ここでは、小野さんが絶えない不安と希望に揺れ動きながら、コロナ禍で妊娠・出産するまでの一部始終を綴ったエッセイ『わっしょい妊婦』(CCCメディアハウス)より一部を抜粋。なかなか陣痛がやって来ない状況の打破策、「お迎え棒」とは一体――。(全2回の1回目/続きを読む)
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夫、会陰マッサージ王になる
なかなか本陣痛は来なかった。
深夜に猛烈に腹が痛くなり、M先生が駆けつけてくれた時には「これでようやく!」と希望を持ったが、NST(子宮の収縮ぐあいと胎児の心拍を測る機械)を見た先生は、「うーん、前駆陣痛に毛が生えたみたいなもんやね」と言い、私は絶望した。
すでにこの時点で、腹をスイカに見立てて棍棒でやたらめったらに殴られるような痛み、あるいは自身がマヨネーズのチューブになって握り潰されるような痛みに悶絶しているのに、本陣痛なんて来たらいったいどうなってしまうのか。死ぬんじゃないか。というかなぜ、人体はこんな仕組みになっているのだろう。なぜ骨盤180度開閉式になっておらず、会陰にはジッパーがついておらず、何十時間も苦しんだあげく交通事故に遭ったレベルのダメージを負わなければ赤ちゃんは出てこないのだろう。私は進化の理不尽を呪った。
人類のお産が苦しくなったのは二足歩行のせいと聞くが(4つ足の生き物は歩いていても赤ちゃんが子宮からこぼれ落ちる心配がないため産道が開きやすく、人間ほどは苦しくないらしい)、人類が二足歩行をはじめてから700万年、いい加減、人体のほうがその進化に追いついてもおかしくないではないか。
話はそれるが、痛みといえば私が陣痛と並んで恐れていたことの1つに「会陰裂傷」があった。会陰裂傷というのは、赤ちゃんの頭が膣を通り抜ける際に会陰がビリビリに破けて損傷してしまうことだ。
ひどい時には腸まで裂けてしまい、そうなると緊急手術は避けられない。そのため病院では分娩直前にハサミで切るのが通例だが、あらかじめ会陰を柔らかくしてよく伸びるようにしておけば切らずに済む場合もあるらしく、そのためクリニックや助産院では「臨月が近くなったら会陰マッサージをして柔軟性を高めるように」と指導されるのだった。
試しにマッサージしようとするも、腹が邪魔して手が届かない。