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 大日本帝国統治下(1889年~1947年)の日本で作られたプロパガンダゲームレビュー、いかがだったでしょうか。

「面白いと思って作られていた戦争協力のゲームはあった」

「不謹慎という理由で独裁体制に抑圧されたゲームはあった」

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「拍子抜けするほど杜撰な検閲もあったし、おどろおどろしい厳格な検閲もあった」

 過去と現在のゲームの違いの中にも、“戦前”と“戦後”の違いは確かにあるのです。

「ロバタ デ キク センゾ ノ ハナシ」

 いやあ、それにしても悔しい。何度も言っている通り一応この記事はゲームレビューとして書いていますから、遊んだことのないゲームの評は書かないというルールでやっていましてね。長々偉そうに語ってましたけど、まだまだ遊んだことのないゲームの方が多い手前、泣く泣く紹介を見送ったゲームも多いんです。

 この記事を通し“戦前”のゲームを知った皆さんは、今日我々が遊んでいる“戦後”のゲームをその比較対象として遊べるようになりました。あとは“戦後"のゲームの源流に一体どんな作品があったのか、終戦直後のゲームを遊んでレビューできれば完璧だったとは思うのですが……、なにせ敗戦直後の混乱期に流通したゲームたちですから、なかなか手に入らなくて。

提供:須惠町立歴史民俗資料館

「駐屯軍ノ朗カサ」「ルーズベルトワ平和神」

 とは言え、遊ぶことは出来なくとも見ることだけなら誰でも出来ます。ゲームの名は《平和カルタト平和遊び》。終戦間もなくGHQの進駐が始まった頃に流通していたとされる非常に貴重なゲームです。現在は福岡県にある「大牟田市立三池カルタ・歴史資料館」と「須惠町立歴史民俗資料館」に収蔵されており、今回ご厚意もあって画像をお借りできましたのでいくつか読み札を紹介して記事を締めることにしましょうか。

 現在私たちが享受している平和は、先の大戦による多くの人々の犠牲の上に成り立っています。一度始まってしまった戦争を一個人が止めることは難しいでしょう。しかしかつて戦争にまで辿り着いたことのある道のりを知っていれば、せめて今自分たちが同じ道を通っていないか自問自答するくらいのことは出来る。それがたとえ、ゲームを遊ぶだけのことであっても。

 現代とは異なる価値観で動いていた、近くて遠い時代、“戦前”。この記事が少しでもその空気感を想像する助けになれたなら幸いです。それでは、また次の記事で。

 
 

 

提供:大牟田市立 三池カルタ・歴史資料館

「駐屯軍ノ 朗カサ」
「ヌカッテ居タカラ 此ノ憐レ」
「ルーズベルトワ 平和神」

 改めて申し上げますが、本記事は大日本帝国統治下の日本で作られたゲームのレビューを通じ、当時のゲームシーンを解説する記事です。レビュー記事である以上、まだ遊んでもいないゲームの良し悪しは語れませんからね。

 平和カルタの感想は……、今回のところはノーコメントとさせてください。