《翼賛双六》《愛国百人一首》の二作は大政翼賛会の直接指導の下で作られた遊びであり、いずれも“官製”のプロパガンダと言えます。もちろん“戦前”という時代の空気感を誘導していたのは政府の思惑でしょう。しかしこれまでご覧になった例からも分かる通り、抜け漏れも激しかったお役所のプロパガンダよりも、より大きく、より直接的に“戦前”の空気感を形作っていたのは、むしろ“民間”のプロパガンダの数々です。

第二次世界大戦当時の雑誌『主婦之友』掲載のゲーム記事

 1930年代から1940年代にかけてのボードゲームを語る上では、やはり当時出版されていた雑誌の話題は避けては通れないでしょう。何故なら出版社の多くは売り上げを少しでも伸ばすため、紙一枚の双六をよく雑誌のオマケにつけていたから。当然売り上げを伸ばすための付録ですから、その題材の多くは当時の日本人の目を惹くものであり、顧客にも喜ばれると出版社が判断したものが選ばれていたはず。

 例えば……「戦争はうまくいっている」と顧客の眼を眩ませてくれるゲームですとか。

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《支那事変皇軍大勝双六》

《支那事変皇軍大勝双六》は、1939年1月発行の雑誌『主婦之友』新年号の付録としてつけられた双六です。「支那事変」とは1937年の盧溝橋事件に端を発する日中戦争の当時の呼び名であり、本作リリース時点では日本軍による攻撃で国民党政府は内陸への撤退を余儀なくされていました。結果から言えば当時はまだ戦争の序盤も序盤だったわけですが、新年のお祝いにおめでたい付録をと、随分と気の早い戦勝祝いをゲーム化したのです。

上がりには三人の少年少女が描かれているが、にこやかな日本人少年に対し、満州と内蒙古の旗を掲げる少女二人は神妙な面持ち

「天に代りて」を合唱しないとゲームが始められない

 見事な採色の双六でしょう? 緻密な挿絵はアートとしても楽しめる。かと思えば組み立て式のサイコロやコマもついており、実用品としてもしっかり遊べる。一見して贅沢なオマケと感じられる仕上がりです。まぁ、そこには“民製”ならではの理由があり、当時の主婦之友は同業他誌と苛烈な付録合戦を繰り広げている真っただ中。「赤字覚悟で無理してオマケをつけている」と揶揄されていたくらいでしたから、こんなクオリティも許されたんです。

ふりだし、「千人針」と、当時の出征壮行会の光景が描かれる

 特にギミックもない双六ですし、当時は誰もが遊べるゲームだったのでしょうが、現代で遊ぶには少し難易度が上がっている作品かもしれません。ふりだしのコマ、見てみてください。そもそも遊び始めるにあたっても特別なルールがあり、皆で『天に代りて』を合唱してからでないとゲームが始められないことになっているんです。……『天に代りて』、ご存じですか? これ、当時は兵士の出征を見送る際の定番ソングだった曲なんですが。

双六には各所に『主婦之友』バックナンバーへの巧みな導入も

「家族みんなで合唱しましょう」というコンセプトだったのでしょう。いくつかのイベントで軍歌を歌う必要のある本作では、プレイヤーにも相応の知識が要求されます。『勝ってくるぞ』は定番の曲ですね。『婦人愛国の歌』、『少年少女愛国の歌』は……ご存じないですか? ご存じなくても大丈夫、これらの曲はそもそも主婦之友の誌面で発表された曲ですし、知りたいならバックナンバーをお買い求めいただくカタチになってますので。

時の大統領夫人アナ・エレノア・ルーズベルトと人権活動家山田わかの交流を描いたコマ、この時点ではまだ日米開戦は予想されていなかったことが窺える