少し話が脱線してしまいました。それではようやく今回の本題、当時“前線”で遊ばれていたゲームをいくつかご紹介して、この記事を終わることにしましょうか。
まずは《チエッカー》。ドラフツとも呼ばれる相手のコマを飛び越えて取り合う古典的なボードゲームです。パッケージも手のひら大に収まっていて、コンポーネントやボードも小さくまとまっているのが印象的です。年代物にしては発色も鮮やかですし、流石は戦地仕様で作られている製品と言えるでしょう。ボックスに描かれた兵士の姿も凛々しく、兵士の携行品としても恥ずかしくない意匠になっていると思います。
こちらは《ハルマ》。星型のゲームボードをご覧になればもうお分かりですね、今でもダイヤモンドゲームとして親しまれている定番の製品です。ボックスアートの勇ましい戦車の姿を除いては、皆さんご存じの現代のそれとなんら変わりはありません。一人でも遊べる《ストップ》というサイコロゲームもあります。止まれるマスがどんどん少なくなるミニマムの双六のような遊びですが、これも当時は複数の会社から発売されていた定番ゲームでした。
せっかくなので同業他社の競合製品とも比較してみましょう。《福笑ひ》は「まさか前線で福笑いを遊んでいた兵士がいたとは」と思いますが、送られてきた兵士もおそらく「まさか前線で福笑いを遊ぶことになるとは」と思っていたでしょう。《新案アガール》という名の新モデルを採用したホビーもありますよ。箱にも「皇軍慰問品に好適」と書いてあります。まぁ、平たく言えばパーツを付け替えられる竹とんぼなんですけど。
“前線”のゲームがやけに無難な理由
囲碁、将棋、輪投げ、スライドパズル。塗り絵にけん玉に野球盤、変わったところでは読心術なんて名前で心理テスト用のゲームも作られていたりします。まぁ、正直挙げ始めるとキリがないのでこのあたりにしておきましょう。“前線”に赴く兵隊さんが見知らぬ土地で暇を持て余さぬよう、“銃後”の人々は大抵の定番ゲームなら皇軍慰問品として送っていた、という点だけ分かってもらえたならそれで十二分です。
さて、“前線”のゲーム、皆さんのご期待には添えたでしょうか?
……まぁ、おそらく殆どの人が「なんか“銃後”のゲームに比べて無難だな」と思われたでしょうね。実際、私もそう思いますから。どれも戦地仕様にはなっているけどメッセージ性には乏しい。勿論“前線”に送られたゲームにもメッセージ性のある作品はいくつかあります。勇ましい言葉が躍るゲームもあれば、侵略を戯画的に描いているゲームもある。それでも“銃後”の作品に比べて圧倒的にその割合が少なく感じることは否めない。
理由はいろいろ考えられます。皇軍慰問用ゲームは戦地向けの製品なので、実用性の面から華美な構造は敬遠されたのではないか。戦地におけるゲームの役割とは主に暇つぶしや兵士間の交流で、独創性の高いゲームをわざわざ新規に作らなかったのではないか。しかし、“銃後”のゲームと“前線”のゲームの持つ空気感の差が一体どこからきているのかと考えれば、おのずと答えは一つに絞られていくような気もするのです。
だって、既に“前線”に送られてしまった人に対して、わざわざゲームを介して「いかにこの戦争が必要なものか、貴方にも分かりますね」なんてプロパガンダを伝えたところで、今更もう、それにどれほどの意味があるんだって話じゃないですか。