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 それからとりあえず一緒に食事をしたあと、二人でホテルのバーに行った。彼女は、それまでの付き合いから赤塚がとても繊細な神経の持ち主だと知っていただけに、「何しに来たの?」と単刀直入に訊くことができない。

 だんだん何を話せばいいのかわからなくなって、ようやく口をついて出たのは「きょう帰るの?」という一言だった。それに対し赤塚は「うん」と答え、彼女は「ふーん」とうなずくしかなかったという。

©文藝春秋

 結局、このときの赤塚の真意はわからずじまいで、この“事件”は黒柳の心の深いところに、ずっと沈んだままになった。その後も二人はつかず離れずの関係を保ちながら、交友関係が続いた。

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タモリを誘って見舞いに行くと…

 晩年の赤塚は脳内出血のため昏睡に陥り、何年ものあいだ寝たきりになってしまう。会話さえできない彼に黒柳は一人で会う勇気が出なかったが、ようやく意を決し、タモリを誘って見舞いに赴いた。

 ベッドの上の赤塚は、いつ起き上がってもおかしくない雰囲気に感じられ、自然に話しかけることができた。「ちょっと、いい加減にそろそろ起きたらどう?」と黒柳が声をかけると、赤塚夫人が「あっ、笑ってる!」と驚きながら言った。見ると彼の口元には2本のシワができていた。それは笑うときにしかできない線だという。

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 その後も色々と話しかけたが、ほかのことではまるで変化がないのに、黒柳たちが「いい加減に起きたら?」と言うときだけ、口元にシワができた。結局、10回はそうやって笑わせたらしい。帰りがけ、タモリがボソッとこう言ったという。「不二夫ちゃんはね、黒柳さんがタイプなんですよ。たぶん昔からずっと」。

 ギャグマンガ家として全盛期にはプレイボーイとして鳴らした赤塚だが、根はシャイゆえに、本当に好きな相手にはなかなか本心を伝えられなかったのかもしれない。