事務所には親戚一同が集まっており、中央には父がいました。父が一歩前に出ると何ともいえない緊張感が周囲に走りました。父の荒い一面を知る叔母は、この時、私たちがボロボロになるまで殴られることを覚悟したそうです。近づいてくる父の能面のように無表情な顔を見て、私もゲンコツの1発や2発では済まないだろうな、と腹をくくりました。
父は4、5本のタバコにまとめて火をつけて…
しかし、私の前に立つと、なぜか父はニッコリと満面の笑みを浮かべているではないですか。
「そうですか……、タバコを吸ったんですか……」
やけに丁寧な口調が、恐怖心を倍増させます。
「タバコはおいしかったですか?」
わざとらしい口調で、私に聞いてきます。なんと答えていいものか言い淀んでいると、「おいしいから吸ったんですよね」とねちっこく質問を重ねてきました。初めて見る父の姿に戸惑い、固まっていると父は予想だにしない行動に出ました。自分のタバコに火をつけると、私にくわえさせたのです。
「お兄さん、もっと吸ってみたらどうですか?」
そう言うと、父は4、5本のタバコにまとめて火をつけて、私の口に押し込んできたのです。私は苦しくて、大きく息を吸い込みました。その時、肺に強烈な痛みを感じました。呼吸をしたタイミングで、タバコの煙を吸い込んでしまったようです。私は思わずタバコを吐き出し、涙を流してむせてしまいました。
「な? わかったやろ。タバコなんてロクなもんやないんや。美味しくないやろ? だから、大人になるまで吸うたらアカン!」
父はピシャリと言いました。
この一件で父の真の怖さを見たような気がして、以来、私は父の教えを守り、成人するまでタバコに手を出すことはなかったのです。