それは、彼女の友達のおじいさんが亡くなったとき、棺桶に大好きだった銀杏を入れてあげたら、火葬場で焼いているうちにパンパン弾けて、みんなびっくりした……という話であった。《彼女には作家的なセンスがあるんだよ。だから、「原案 蒼井優」にしたいって言ったんだけど、「遠慮します」って言われた(笑)》とは、映画公開時の山田の発言である(『キネマ旬報』2017年6月上旬号)。
2018年には前年公開の『彼女がその名を知らない鳥たち』で日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞を受賞した。その授賞式では、《これから新学期が始まりますけれど、学校がつらい方とか、新しい生活どうしようって思っている方がいたら、ぜひ映画界に来ていただきたいなと思います。映画界、よくないですか? 私、本当に好きなんです。きょう優秀賞を獲られた方も尊敬しています。みんなで一緒に映画を盛り上げていけたらと思います》と涙ながらにスピーチをして、強い印象を与えた(「ORICON NEWS」2018年3月2日配信)。
「“役者でない自分”も大切にしたくて」
舞台でも出演のたび新たな挑戦を続け、翌2019年には『アンチゴーヌ』『スカイライト』で読売演劇大賞の最優秀女優賞を受賞している。このほか、30代に入ってからの出演作には、『宮本から君へ』(2019年)や『スパイの妻』(2020年)のようにテレビドラマから映画となり、話題を呼んだ作品もある。
先述したように、映画デビュー作の撮影中「これは想い出づくりです」と言っていたと岩井俊二から対談で言及された蒼井だが、じつはこれを受けて、《私は今も「一生、女優を続けたい!」とは思ってないんです。一本一本の作品には集中するけど、人生をかけてお芝居と向き合うと萎縮しちゃいそうだから、“役者でない自分”も大切にしたくて》と語っていた(『8740 DIARY 2011-2014』)。
その言葉どおり、蒼井は俳優業の一方で、大ファンであるアイドルグループ・アンジュルムのオフィシャルブック『アンジュルムック』(集英社、2019年)の企画・編集を、ファン仲間であるモデル・俳優の菊池亜希子を誘って務めるなど、趣味の仕事にも力を入れる。今年5月にも、アンジュルムのメンバーだった竹内朱莉がグループを卒業するに際し、そのソロ写真集『roundabout』(オデッセー出版)を蒼井と菊池が再び編集長となって構成している。
山田洋次から「作家的なセンスがある」と評された蒼井だが、案外、プロデューサー向きなのかもしれない。小説もだいたい2回読むと言い、《1回目はキャスティングしながら読んで、2回目はそのキャストが出てくる映像として楽しむ。キャスティングしながら読むときは、「これはオーディションだな!」なんて思いながら、自分の中で架空の少女をつくりだして。「こんな子を探さなくっちゃ」って。キャスティングしながら読んでいるときが、小説は一番楽しい》と語っていたことがある(『ブレーン』2012年3月号)。これを読むと、俳優としてもさることながら、そちらの方面での活躍にも期待したくなる。