「山ちゃんとの仕事は関係が悪いから楽しめないし、しんどいんですよ」
今年で結成20年になる南海キャンディーズのしずちゃん(44)。長い歴史のなか、実はコンビ仲が険悪で、苦しかった時期も……。当時の思い出を、初の自伝的エッセイ『5000グラムで生まれた女のちょっと気ままなお話』(ヨシモトブックス)を出したばかりの本人に教えてもらいました。(全2回の1回目/後編を読む)
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芸人よりも女優に憧れていた少女時代
――著書では生い立ちについても書かれていますが、子供の頃は芸人志望というわけではなかったんですよね。
しずちゃん アイドルとか女優さんへの憧れはありました。芸人を目指すなんて子供の頃は一切思ってなかったし、そんなに前に出るタイプでもなかった。そう考えたら不思議ですね。お笑いを始めたときも「絶対芸人になるぞ」って思っていたわけじゃなくて、最初はすぐ辞めようと思っていたんですけど、やっていたら楽しくなってきたんです。
――でも、小さい頃はみんなの前で歌ったりもしていたそうですね。
しずちゃん そうですね、保育園の昼寝の時間に「私が歌うひととき」っていうのがあって。でも、普段よくしゃべるかと言ったらしゃべらないし。まあ、ちっちゃい頃は明るいかどうかはわからないけど、人にどう思われるかとかをあんまり気にしていなかったですね。小学校の高学年ぐらいから周りの目を意識し出すようになってきました。
――著書では「自分の体が大きいことを気にするようになった」と書かれていましたが、それはいつ頃からですか?
しずちゃん 中学2年ぐらいからですね。身長が止まらずにどんどん伸びていって「自分はみんなとはちょっと違うな」ってなってきて。男子にすれ違いざまに「こいつが岩石女か」って言われたりして、めちゃくちゃ傷ついて。その辺から芸人になるまではずっと体が大きくて女として見られないということが嫌でしたね。大きい自分が恥ずかしいから、人前に出たくないし、学校にも行きたくないと思ったりもしました。
――短大に通っていた時期が暗黒期だったと書かれていましたが、どういう意味でつらかったんですか?