映画『君たちはどう生きるか』は、宮崎駿にとって『ロンダニーニのピエタ』になってしまうのではないか。実際に公開された映画を見るまでは、そんな不安を拭えずにいた。

 ロンダニーニのピエタとは、ミケランジェロの遺作となった未完成の彫刻である。視力を失い、腰が曲がった88歳、死の直前まで彫り続けたと言われるその未完の彫像は、彼が弱冠20代前半に彫り上げ、人類史上最高傑作の名声とともに今もヴァチカンに飾られる『サン・ピエトロのピエタ』の完璧な美とは比べるべくもない。どんな天才も老いる、という残酷な事実を見るものに突きつける作品だ。

©2023 Studio Ghibli

『千と千尋の神隠し』以降の変化

 宮崎アニメの最高傑作、ミケランジェロで言う『サン・ピエトロのピエタ』にあたる作品はどれだろうか。ナウシカ、ラピュタ、トトロといった80年代の作品か、興行収入・世界的評価ともに頂点を極めた『千と千尋の神隠し』か。

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 観客によってその判断は違うだろうが、『千と千尋』以降の宮崎アニメが、観客の求める「宮崎アニメらしさ」から意図的に外れるような、不可解で不気味な暗さを深めてきたことは多くの観客が感じ取っていたのではないかと思う。

『ハウルの動く城』では老いを描いた。『崖の上のポニョ』では聖書の洪水のような津波に飲まれる現代を黙示録的に描いた。そして『風立ちぬ』では暗く不気味な戦前と愛する人の死を描いた。アニメーションは子どもに希望を与えるものだ、という言葉とともに送り出された20世紀の宮崎アニメに比べて、近年の作品は一作ごとに闇と不条理を深めていくように見えた。

『ハウルの動く城』 ©2004 Studio Ghibli・NDDMT

 黒澤明の『夢』、あるいは大林宣彦の遺作となった『海辺の映画館 キネマの玉手箱』など、巨匠の最晩年の作品から共通して感じる「不気味な気配」がある。夢と現実が混濁するマジックリアリズムへの傾斜、それとともに我々が生きる世界とは違う何かの気配だ。血気あふれる若い作家が死だ狂気だと力んでも決して出せない、最高齢の作家にしか見えない世界を、老いた名監督たちはスクリーンに残し、世を去っていく。近年の宮崎アニメもまた、晩年の巨匠たちと同じ死の影を濃くしているように思えた。

『風立ちぬ』から10年が経った

 その死の影を最も濃くした2013年に公開された『風立ちぬ』から、さらに10年の時が経っている。劇場映画初監督作品である1979年の『ルパン三世 カリオストロの城』から40年あまり、次作までこれほど長く作品が発表されなかったことはない。