こんな選手がなぜ引退するのか
引退試合での谷内は、いつもと同じように淡々としていた。引退会見がそうだったように、引退セレモニーでも涙はない。いつも通り見事なバッティングで先制打を打ち、内野全ポジションを無難に守った。平常心で与えられた役割をそつなくこなす。そのプレーに衰えは感じられない。こんな選手がなぜ引退するのか。しなければならないのか。
栗山英樹前監督が「内野を全部完璧にこなす選手を初めて見た」と称賛するほどの高い守備力と、昨年得点圏打率が4割を超えた勝負強いバッティング。プロ生活11年で盗塁がひとつもないのが意外だが、足も遅くない。走攻守すべてにわたってそつがない。引退セレモニーの映像でヤクルト入団当時の谷内について宮本慎也が「全部平均点の選手で、これからどういうふうにして頑張っていくのかなと心配していた」と述べていたが、それを自覚したからこそ、どれか突出した能力でチームを引っ張る主役ではなく、監督の意思をどんな場面でも的確に具現化する脇役として生きることを決めたのだろう。誰もが認める真面目な努力家。練習に次ぐ練習で守備力を鍛え上げ、ヤクルトでもハムでもチームに欠かせない戦力になった。とりわけサインプレーが多い新庄野球では、経験不足の若い選手たちが多数を占めるチームで、谷内の存在感は大きかったはずだ。
だが現実には今年に入って谷内の出番は極端に減っていった。ベテランが故障でもないのに出番が減っていくのはチーム構想外になった証拠である。とはいえ、ハムの内野手では中島卓也と並んで最年長ではあるものの、谷内はまだ32歳。ハムでは大ベテランでも、ほかのチームならまだ中堅と言われるかもしれない年齢だ。
今回の引退が、谷内が自分から申し出たものなのか、それともチームから何らかの打診があり決断したのか、それはわからない。だがハムファンなら、コストに見合わなくなった(と球団が判断した)中堅~ベテランをあっさり切り捨てるハム球団の体質をよく知っているはずだ。今年は元ハムの大野奨太や谷元圭介の引退も発表された。日本一の胴上げ投手になった谷元が翌年(2017年)のシーズン途中に中日に金銭トレードされたのは驚いた。確かFA権取得直後のトレードで、ハムはこの苦労人にFA権行使のチャンスさえ与えないのかと、球団の非情さに憤慨した記憶がある。私見ではあのトレードをきっかけにハムの現在の低迷が始まったと思っているし、そうした体質は新球場になり稲葉がGMになった現在も変わっていないと痛感する。
強いチームはベテラン、中堅、若手がバランス良く機能していると言われる。圧倒的強さで3連覇の偉業を成し遂げたオリックスも、熾烈なCS争いを繰り広げているロッテもそうだ。元ハム組がGMや監督以下首脳陣にずらりと顔を揃える両チームは、まるでハムにできないこと、やれなかったことをやって好結果を残しているようにも思えてしまう。
とはいえ、早すぎる引退……と思っているのは我々外野のシロウトだろう。その気になればほかのチームに移籍して現役を続けられたかもしれないが、そうしなかったのは、谷内本人がプロでやっていくことに以前から限界を感じていたからかもしれない。その決断は潔いと言うしかない。できれば今後はハムに指導者として残り、細川など若手にその技術と心構え、いわばプロ精神を叩き込んでほしいものだけど……。
谷内亮太選手、本当にお疲れ様でした。あなたと共に優勝を経験できなかったのは、ファンのひとりとして残念だし、申し訳なく思っています。いつかきっと、共に美酒を味わうことができますように。
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