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苦しさのなかにも希望を見出す、エースの矜持

「いつか“黒閃”のようなボールが投げたい」(2021年)

 一体何のことかと思いきや、これは人気マンガ『呪術廻戦』について訊いたときの今永のコメントだ。この守備範囲の広さ。“黒閃”は、簡単に言えばある条件とタイミングさえ合えば発生する作品を代表する強烈な必殺技なのだが、サービス精神旺盛な今永は「“黒閃”は再現性が大事ですし、野球だって再現性が高ければ同じようなボールが投げられるわけですからね」と、笑いながら語ってくれた。ちなみに好きなキャラクターは五条悟である。

「ノーヒットノーランを達成して、これが絶不調だったり絶好調だったら印象に残るんですけど、正直言って普通だったんですよ。球場の広さやドームということで助けられたかもしれないし、自分のなかでは淡々と投げられて達成できたことが、今後“十字架”にならず良かったのかなって」(2022年)

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 2022年6月7日に日本ハム戦(札幌ドーム)でノーヒットノーランを達成したときの今永のコメントであるが、どんなドラマチックな言葉が聞けるかと思ったが、この落ち着きっぷり。しかし“十字架”という、縛りの言葉を用いてくるのが今永らしい。ノーノーは特別なモノではない、と言っているようにも聞こえ、クールだなあと思うしかなかった。

「勝つことが正解。けど本当に大事な試合でそれができなかった。僕は、もう自分のことだけを考えていればいい在籍年数ではないんですよ。それを思うと苦しい気持ちになるけど、でもそう思える人の方が少ないと考えると、もっと自分の存在価値とか、チームでやるべき役割を追求しなくてはいけない。せっかくプロ野球界でやらせてもらっているのに、すごくもったいないなと思うんです。どんどん自分のハードルを上げられるようなマインドで野球をやりたいと思っています」(2022年)

 入団7年目のシーズン、中堅からベテランの域へ差し掛かっていく素直な心情を吐露してくれた。苦しさのなかにも希望を見出す、エースの矜持。淡々とした口調ではあったが、チームを思うひとりの選手として、今永の思いが詰まった言葉だった。

まさに、これぞ今永のフィロソフィー

「前までは全部背負わなきゃいけないとか、それが自分の立場、やるべきことだと思っていたんですけど、逆にそれが自分を苦しめていたと気づいたんです。誰かの力を借りるとか、自分の弱みを見せるとか、そういうところをどんどん出していっていいんじゃないかって。それが成長か発見なのかはわからないけど、投げているマインドって誰に知られているわけでもないし、自分をとにかく楽にさせてあげる。別にそれを人に言うとかではなく、自分を楽にさせる考え方ってめちゃくちゃ大切なんじゃないかって」(2022年)

 懸命に投げてきたからこそ、責任を背負ってきたからこそ見えてきたモノがある。まさに、これぞ今永のフィロソフィー。野球人として、それ以前にひとりの人間として、どうあるべきか根本的な部分を問うてきたからこそ到達できた考え方のような気がしてならない。

「僕が目指すのは外的要因に左右されないピッチャーなんです。例えば連敗中のマウンドや、エラーした後の打者との対戦、三者凡退で終わっているからこの回は大事だぞ、といったモノに左右されることなく淡々とアウトを重ねていく。こういうピッチャーが一番強いんじゃないかと思っています」(2022年)

 まさに不動心。この考え方は、今年開催されたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)2023の決勝戦でもいかんなく発揮された。

「僕がWBCのメンバーに選出されたとき、まさか決勝で先発するなんて到底考えられることはできませんでした。伝えられたときは、ああ俺なのかってネガティブまではいかないけど、ナイーブになったところはありました。けど、世界でふたりしか上がることのできない先発のマウンドに立てるのはすごく光栄なことだし、マイナスに考える必要はないって。ここはイキに感じて、自分の仕事をするだけだって」(2023年)

 結果はご存じの通り。やるときはやる男、それが今永である。

 入団当初から言語能力の高い今永ではあるが、こうやって追っていくとキャリアとともにそれも少しづつ変化しているように感じられる。角が取れ、ソフトに、深みが増し、多様性が出てきている。

 ただ、応援をしてくれるファンへの気持ちは変わらない。ルーキーイヤーの2016年、今永は次のようなことを語っている。

「僕自身、ファンの方々の声援に助けられて投げていることがすごく多いんです。苦しいときに声援で、一球一球の威力が変わったりするのを感じています。不甲斐ないピッチングはできないとか、目に見えないプレッシャーはあるんですけど、それを力に変えてもらっている。この距離感の近いスタジアムは、僕らにとって非常に力になるし、ストライクが入るたび拍手を送ってくれて、チェンジのときは大きな声援が湧く。僕としては本当にこんな目に見えない力ってあるんだなって感じているんですよ」

 時は流れ、つい最近も、今永は同じようなことを口にしていた。とくにコロナ禍が明け切った今季は、スタンドからその力を存分に享受していることだろう。

 過ぎてみればあっという間の8年間。今永は「3~4年連続して活躍しなければエースとは言えない」と口癖のように言っていたが、それを決めるのは周囲だ。先輩の山﨑康晃は「昇太が間違いなく投手陣の中心ですよ」と言い、後輩の牧秀悟は「今永さんがチームに帯同されているときといないときでは雰囲気が違うんです」と語っている。ノーヒットノーランという偉業を成し遂げ、仲間にサイレント・トリートメントをもって爆笑で向かい入れてもらえる、これほど愛されたピッチャーがどこにいる。

 あなたは紛れもなく、横浜のエースです。

 いよいよ始まるクライマックスシリーズ。今永の投球をハマスタで見られるチャンスがあるとすれば日本シリーズ。チームの勝利とともに、不世出の“投げる哲学者”の帰還を心待ちにしたい。

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