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24時間携帯電話を離せない

長尾 そもそも、国から在宅療養支援診療所の認可を受けるには、患者さんの求めに応じて24時間往診の可能な体制を維持することが条件なんです。だから診療報酬が加算されるなど、優遇措置が取られている。しかし、在宅療養支援診療所の認可を受けているのに、患者から電話があっても対応しきれないところが多いのが現実です。実は、今年(2018年)4月に、6年に1度の大きな医療介護同時の診療報酬改定があるんですが、診療所から医師でなくても、誰かが行けばいいように条件が緩和される予定です。要するに国も、「患者さんから呼ばれたら、誰でもいいから行け」と言っているんです。

鳥集 とはいえ、患者側のそういう要求を全部満たそうと思うと、医師やスタッフは大変ですよね。以前、同じく20年以上前の2006年から在宅医療に取り組んでおられる、めぐみ在宅クリニック(横浜市瀬谷区)院長の小澤竹俊さんに取材させていただき、一緒に訪問診療に着いて行ったことがあるんですが、24時間携帯電話を離さずに寝ておられると聞いて、これじゃ医師が死んでしまうと思いました。

在宅医療を真剣にやっている医師は過労死してしまう人もいる

長尾 僕もそうですよ。携帯電話は寝る時もそばに置いています。365日ここ(胸ポケット)にあります。黎明期から在宅医療をやっている有名な先生方は、がんやうつ病、心臓発作で体を壊してしまう人が多く、亡くなってしまわれた方もいる。私もいつ死ぬかと思いながらやってます。1人の患者さんを24時間365日診るために医師が何人必要かを計算したら、4人要るんです。それを1人でやるとなると、4倍働く必要があります。

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診療中の長尾さん 写真提供:長尾クリニック

鳥集 医師1人だけでやるのは無理ですね。

長尾 患者さんの側からすると、携帯がすぐつながるというのは安心感があるけど、医師からしてみたら、寝ているのに電話がリンリン鳴ったら、それはつらいですよ。僕もプライベートの旅行にもずっと行ってません。学会や国際会議で海外に行っても、昼夜問わず携帯にかかってきます。この前も、ユネスコの会議で行ったキプロスでも電話が鳴った。何事かと思ったら、尼崎の警察から。患者さんが亡くなって、検視が入ってしまったんです……。どこに行っても携帯はつながる時代ですからね。やはり医師1人で24時間365日診るのは無理がある。台湾では在宅医が診ている末期がんの患者さんを、夜は病院がフォローしてくれるシステムがあります。日本にも在宅療養支援病院の認可を受けた病院が、地域の診療所と組んで在宅の患者さんを診ているところがある。この4月の診療報酬改定では、どの医療機関と組んでもいいという形になるんですが、これはすごくいいことだと僕は思っています。要するに、連携がきちんとできれば、深夜の対応だって無理なくできるようになるはずです。

事前にコミュニケーションをしっかり取ることが大事

鳥集 この本を拝読して思ったのは、こうした実情を患者さんの側にいかに理解していただくか、そのために事前にコミュニケーションをしっかり取っておくのが大事だということです。

長尾 おっしゃるとおりです。その理解のギャップを埋めていくのが、実は訪問看護師さんなんです。しかし、訪問看護師さんも足りない現実がある。在宅医療に何らかのかたちでタッチしている医者は、たぶん開業医の中で2~3割はいるのではないでしょうか。ところが、訪問看護に従事している看護師さんは2.8%にすぎません。病院だって、病棟にはナースステーションに夜勤の看護師さんが居るじゃないですか。訪問看護ステーションも「機能強化型」というのが今度できるんですが、看護師さんにたくさん働いていただいて、夜の対応ができるようにしてほしいと願っています。

鳥集 たんに診療所だけを強化すればいいという問題ではなく、訪問看護ステーションを強化すれば、より充実した在宅医療ができるということですね。

長尾 そうです。しかし、まだそこまで行ってない。やはり患者さんは在宅医療に期待しますけど、運悪く期待に応えられないケースもある。在宅医療はまだ完全なものじゃないですし、そういう意味では訪問看護がもっともっと頑張ってほしい。僕らだって、100戦100勝じゃなくて、どうしても不満が残る家族は出てくるんですよ。

鳥集 長尾先生が診ている患者さんの中でも、同じようなクレームがあるんですか?

長尾 私が診ている患者さんではあまりないですが、でもやはり「絶対」ということはありません。ただ、クレームがあったときに、この本の在宅医のように逃げるのはよくないなと。本物のクレーマーは別ですが、どんな家族でも向き合うのが医師の本来の姿じゃないかなと僕は思うんです。しかし、残念ながらそうではないみたいで、この在宅医のように忙しいから事務長がブロックしようとしたんだろうけど、それが余計に家族の不満を募らせる結果になっている。