昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

在宅死のカリスマがあえて問う「今までマスコミは美談ばかり伝えてきた」

在宅死のリアル──長尾和宏医師インタビュー ♯1

2018/03/13

「緩和ケアの権威」とされる医師の口から出た驚くべき言葉

鳥集 この患者さんの場合、在宅医とのコミュニケーションだけでなく、苦痛を取るテクニックの面でも、問題があったようですね。

長尾 そうなんです。この在宅医にかかる前、娘さんは「緩和ケアの権威」とされる先生が始めたばかりの在宅診療所に行ったのですが、「肺がんは在宅では無理だよ」って言われたというんです。この発言にはちょっとびっくりしました。僕らは「肺がんが一番在宅看取りに向いている」と言ってきたからです。肺がんは点滴をジャブジャブ入れずに体が枯れていれば、痰や咳もあまり出ないし、酸素も要りません。緩和ケアの権威といってもホスピス、つまり病院しか経験していないからなんでしょう。でも、「病院緩和ケア」と「在宅緩和ケア」は世界が全然違うんです。

鳥集 その大きな違いは、どこにあるんですか? 

長尾 施設ホスピスというのは、結局、医療で管理するところなんですよ。病院の延長線上で、栄養や体液のバランスが悪いからと点滴を大量にすることがある。痛み止めの薬もたくさん使います。

鳥集 緩和ケアの先生だったら、点滴をジャブジャブ入れると患者さんが余計苦しむということを当然ご存知なのでは?

長尾 もちろん勉強はしているんだけども、やはりよかれと思って、善意の行為で点滴をしてしまうんです。それに予後予測が難しい……つまり、いつ最期になるか分からない。予後予測は当たることもありますが、大きく外れることもあります。まだ先があるだろうと思って点滴をジャブジャブ入れたところ、思ったより早くお迎えが来て、結果的に「おぼれ死に」のようにさせてしまうことも病院ではよくあるんです。それが在宅医療では全くありません。そもそも在宅は十分な人手も装置もないので、点滴をジャブジャブ入れようがない。

病院で亡くなった遺体と自宅で亡くなった遺体の違い

編集担当 病院で亡くなったご遺体とご自宅で亡くなったご遺体とでは、重さが違うと本で読んだこともあります。

長尾 ええ、全く違いますよ。僕もかつてそうさせてしまっていましたが、病院で亡くなったご遺体はほんとにパンパンで、おぼれた人のような顔になっていました。お腹も脚もパンパン、ブヨブヨです。そういうご遺体を何百体と見ていると、「病気が原因でそうなる」と医師も思い込んでしまうんです。しかし、終末期には自然に脱水状態になり、枯れたほうが痰や咳で苦しまず、圧倒的に苦痛が少なく、長生きもできる。今、欧米でもそうした論文がいっぱい出ています。死に際には脱水がいいんです。

鳥集徹さん ©末永裕樹/文藝春秋

鳥集 がんなどの痛みに使われるモルヒネをはじめとする医療用麻薬(オピオイド鎮痛薬)の使い方も、病院と在宅では違うんですか?

長尾 違いますね。病院だと集中的に診ているからドン、ドン、ドンと増やせて、種類もいろんな薬を選べます。しかし、在宅だと訪問できる時間が限られていますから、1日おきに徐々に増やしていくしかありませんし、麻薬の管理上の問題もあって、限られた種類の薬しか使えないんです。麻薬の種類も4系統に増えたために選択が難しくなってきて、麻薬の使い方に習熟した医師もまだまだ少ない。

鳥集 つまり、病院と在宅では、医療用麻薬の投与の間隔だとか、どの種類をどう増やしていくかという点が違うわけですね。 

長尾 そうです。施設ホスピスはたくさんの薬を使いたがります。一方、在宅ではなるべくシンプルに、だけどメリハリを利かせる感じでしょうか。一度に大量に投与するよりも、少ない量から徐々に増やしていったほうが、便秘や眠気、せん妄(幻覚や錯覚を起こして、不穏な状態になること)といった副作用にあまり悩まされることなく、痛みを抑えることができるんです。