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誰も書かなかった「死の壁」をどう乗り越えるか

在宅死のリアル──長尾和宏医師インタビュー ♯2

2018/03/13

 24時間365日対応して、万一のときには看取ってくれるはずの在宅医。しかし、実際は危篤のときに連絡が取れず、苦しみ悶えながら亡くなっていったケースも多い。さらに在宅医だけでなくがん専門医でさえ、医療用麻薬の使い方が未熟──。

 1回目のインタビューでは、在宅医療の驚くような実態が明かされました。兵庫県尼崎市で20年以上にわたり在宅での看取りに取り組み、その様々な問題点を指摘した著作『痛い在宅医』(ブックマン社)が話題の長尾和宏医師に、医療現場に詳しいジャーナリストの鳥集 徹さんが「在宅医療のリアル」を聞く2回目です。​

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鳥集 最近は、「がんと診断された当初から、必要に応じて緩和ケアのサポートを受けるべきだ」とされるようになっています。昔は緩和ケアというと終末期医療のイメージが強く、緩和ケア医が病室に訪れると、患者さんが「棺桶屋が来た」と勘違いしたという笑えないエピソードも伝わっています。しかし、長尾先生の著作を拝読すると、今でも緩和ケアの終末期的なイメージは変わっていないようですね。

長尾 そうです。患者さん側の認識も変わっていない。『抗がん剤 10の「やめどき」』(ブックマン社)という本の中で書きましたが、私が「お父様にそろそろ緩和ケアを」と言ったら、息子さんに睨まれたことがあるんです。「父親に、なんていうことを言ってくれたんだ」と。「モルヒネ」もそうですよ。患者さんが「痛い」というので、「ほんならお母さん、モルヒネちょっと飲んでみようか。ちょっとだけなめてみようか」とか言ったら、娘さんに別室に呼ばれて「親にモルヒネって言っただろ」と。「モルヒネ」イコール「死ぬ前の薬」で、死の匂いがする言葉を使ったということで責められたんです。

長尾和宏医師 ©末永裕樹/文藝春秋

鳥集 そんな話は、とっくの昔のことかと思っていましたが、今でも現実にあるんですね……。これは我々メディアに携わる者の悪いところで、取材に行くのが先進的な取り組みをしている医師の方が多いんです。だから緩和ケアについても「日本では欧米に比べ、まだまだ医療用麻薬の使用量が少ない」と聞かされているし、それが世間の常識ぐらいに思っている。だけど、実際には一般の方々の認知度はまだまだなんですね。

医療用麻薬を使ったことのない開業医

長尾 先日も、ある市の医師会から「医療用麻薬の使い方を教えてください」と言われたので、2時間ぐらい講演しました。ひと通り終わって、「麻薬使ったことある人」と聞いたら、一人も手を挙げない。「それ、最初に言ってよ」って。「麻薬って最初どうやって使うの?」って、そういう初歩的な質問が、講演が終わってから来たんです。ビックリしました。

鳥集 一般の方だけじゃなくて、医師もまだまだということですね。

長尾 一般の開業医の先生方は、麻薬なんて使ったことないんです。そもそも、医療用麻薬を取り扱うためには、まず県知事に届け出て免許を取得することが必要で、処方箋も一般の形式とは違う。そのせいか、講演ではよく「一番最初に何を出したらいいんですか?」って聞かれます。「オキノーム2.5㎎かオプソ5mgの頓服から」と答えると、「どれくらい出すんですか?」と聞かれるので、「頓服で10回分処方したらいいんじゃないでしょうか。それで味見(効果や副作用をチェック)して、小手調べしたらどうですか?」と。そんなレベルの話から言わなきゃならないんです。