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誰も書かなかった「死の壁」をどう乗り越えるか

在宅死のリアル──長尾和宏医師インタビュー ♯2

2018/03/13
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「服を脱ぎだしたらあと半日やと思ってください」

長尾 若い人ほどあるんですよ。「服を脱ぎだしたら、あと半日やと思ってください」とご家族にも伝えています。死の壁は最期の嵐のようなもので、そこを切り抜けるための頓服として、モルヒネや安定剤の座薬を渡しておく。それを投与すると静まるんです。死の壁は陣痛のようなものです。子どもが生まれて陣痛が収まったら楽になる。死の壁の場合は、乗り越えたら死ぬんですけど、それで楽になります。だから、ご家族はグッと堪えて、待ってくださいと。これが何日も続いたらつらいですが、せいぜい半日ですから、座薬とかを入れて様子を見てもらったら、穏やかな最期が来ますよと。

鳥集 モルヒネなんかを十分に使って、苦痛をコントロールできていたら、死の壁は起こらないんですか?

長尾 いいえ、誰にも起こりえます。生のモードと死のモードって簡単に変わらないんです。突然死の場合は別ですが、がんのように一定の経過がある人は、死のモードになる前に体が一生懸命頑張るんです。だから、どんなにおとなしい人でも、もだえるような感じになる時がある。

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編集担当 すごく軽いタオルケットも、「重い重い」と言うそうですね。

長尾 そうそう。寒いのに「暑い暑い。窓開けろ」と言って、裸になる人もいます。それを見た家族は怖気づいてしまう。でも、うちのクリニックでは僕が忘れても、看護師さんたちがちゃんと教えてるから。「先生の言うとおり、それが収まったら意識レベルが下がりますから、白目をむきますよ」って。それから、顎を上下させる下顎呼吸になってきて、息がゆっくり止まっていきます。ご家族のお別れの時間も必要ですから、僕は「呼吸が止まってから電話してくださいね」と言ってあるんです。電話を受けて1時間ぐらい経って、確実に亡くなっている頃に、お宅にうかがうようにしています。

鳥集徹さん ©末永裕樹/文藝春秋

「死の壁」に家族が怖気づかないようにきちんと伝えておく

鳥集 ご家族も、そういうことは教えてもらわないと分からないですよね。知らないからあわててしまうし、患者の苦しむ様子を見て「平穏死できなかった」と思い込んでしまう。

長尾 そう。でも、亡くなる前にそういうことを言ったら、不謹慎だと思われてしまうかもしれない。長生きしてもらうために診てもらってるのに、「お前、死ぬ話をしてどうするんだ」って。でも、それは言わなければいけないことなんです。どんなふうに死ぬのかを話したら、ご家族は聞きながらボロボロ涙を流して泣きますよ。でも、あえて先に泣かせて、予行演習しているんです。本番であまり泣かないで送れるように。みなさんが言うのは「つらいけど、その話を聞いて安心しました」と。だから、「死ぬときの話も事前にしておくのが在宅医の仕事なんだ」と医師向けの講演会などでは話しています。

鳥集 病院死の時代になって、私たちは自宅で家族が死ぬ体験をほとんどしていません。もしかすると、自宅で死ぬのが当たり前だった時代は家族が死の壁なんかも経験して、心づもりがあったかもしれませんね。

長尾 そう。どのように人は死ぬのかさえ理解しておけば、ご家族も心の準備をすることができるんです。

♯3 「『愛している』と言って亡くなった小林麻央さんの最期を作り話だという人へ」に続く

長尾和宏(ながお・かずひろ)

医学博士。医療法人社団裕和会理事長。長尾クリニック院長。一般社団法人 日本尊厳死協会副理事長・関西支部長。関西国際大学客員教授。2012年、『「平穏死」10の条件』がベストセラーに。近著に『痛くない死に方『男の孤独死』『薬のやめどき』『抗がん剤 10の「やめどき」』(以上、ブックマン社)『病気の9割は歩くだけで治る』(山と渓谷社)『犯人は私だった!』(日本医事新報社)など。

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