死は連続的。死んでからも3日くらい生きている細胞もある。
鳥集 しかし、昔はどうやって亡くなっていたんでしょうね。痛みを抱えた方もいらっしゃったでしょう。
長尾 黒澤明監督で、三船敏郎が主演した『赤ひげ』という映画に描かれていますが、医師が家に行って臨終を迎える、あのシーンの通りなんです。医師が患者さんを見守る中、知り合いがみんな駆けつけて、死んだらオイオイ泣いて。
鳥集 点滴もなかった。
長尾 だから、みんな自然と脱水症状になり、枯れて、平穏死だったんです。今の医師は、死ぬ時に患者の顔なんて見てません。みんなモニターを見ています。波形がフラットになるかどうかで死亡を確認する。「死の三徴候」と言って、本当は「呼吸停止」「心停止」「瞳孔散大」を確認すれば、死亡と診断することができるはずなんです。しかし、救急隊が行ったら最初に心電図をつけて、波形をモニターで見るなど10項目で死を確認する。そういう時代なんです。
鳥集 家では、そんなことはしないですよね。
長尾 僕の死亡確認はどうするかと言うと、じーっと患者さんを見るんですよ。ご家族と話をしながら。「生きてるのかな、死んでるのかな、動かないな」とか言って。それでもまだ分からないから、10分ぐらい見てますね。で、もちろん心臓の音を聴いたり肌を触ったりして、心電図を付けることなんて一切ありません。それで、「これはどう考えても100パーセント死んでるで」ということで、死亡確認とする。
急に「暑い」と裸になりたがる「死の壁」の乗り越え方
鳥集 余談ですけど、土葬が主流の海外では、亡くなったと思って土葬したら、実は棺桶の中で生きていたという話がたまにありますよね。
長尾 やっぱりそういうのは考えますよ。僕らも勤務医の時、間違えたことがありました。死亡宣告して10分ぐらいしてから、ガッとまた息する人がいるんです。そのぐらいだったらまだいいんだけど、死亡診断書を書いて、当直で寝ていると、3時間も4時間もたってから看護師から電話がかかってきて、「先生、あの患者さん、まだ生きてます」なんてことがあるんですよ。「エーッ」って急いで行ってみると、ピクンと動いたと言うんだけれど、たしかに亡くなっている。それでまた当直室に戻ったら、また3時間ぐらいして「やっぱり生きてます!」。実は、心停止をしたあとも細胞とか筋肉はまだ生きているので、ピクピクするんです。
鳥集 要するに、「死」と言ってもどこかで区切られるわけではなく、一つの連続的なプロセスであるということですね。先に死ぬ細胞もあれば、ずっと生きている細胞もある。
長尾 そうです。取りあえず呼吸が止まって、心臓が止まったら、そこで死んだことにするけど、肌を触るとまだ温かいですよ。臓器も細胞も生きてるからこそ、臓器提供を希望している場合は、移植のために角膜や腎臓をあげることもできる。人間が死んでから、3日ぐらい生きる細胞もあります。
鳥集 ひげも伸びるんですよね。
長尾 伸びます、伸びます。それから、この本(『痛い在宅医』)では「死の壁」について、たぶん日本で初めてしっかり書きました。僕にとって在宅医療の師匠みたいな先生が一番に買って読んでくれて、「よく書いてくれた。このとおりだ」と。人によって「死の壁」がないこともありますが、「死の壁」の乗り越え方を、その日が来る前にあらかじめご家族にちゃんと教えておくのも、僕ら在宅医には必要なことなんです。
鳥集 死が近づくと急にもだえたり、暑がったりするようになって、「裸になりたい」と言い出す現象ですね。この本を読んで、初めて知りました。