議論が荒れたタイミングで、地震学側トップの地震調査委員長である本蔵義守(ほんくら・よしもり)東工大特任教授(政策委員兼務)が、「この議論は今、結論を出す必要はないのではないか」と割って入った。そして「地震本部としてこの問題を集中的に調査研究すべきで、その結果を受けて、これを検討し直す」と、従来通り低い確率を出さない高確率案を推した。
高確率案を選択した際の委員たちのリスクは、後で発覚したときにマスコミに「低い確率を隠した」と騒がれることだった。そのため、バレた時に最も矢面に立たされる本蔵氏自ら高確率案を選んだことから、他も「それならば」と高確率案に流れた。声の大きさが話し合いを決することはどんな会議でもままあるが、この議論でもそんな印象を受けた。
本蔵氏に取材を要請するも「当時のことははっきり覚えていない」
「地震本部で集中的に調査研究を行う」と発言し議論を収めた本蔵氏だったが、その後地震本部で時間予測モデルの調査研究が行われた事実はない。2023年に取材を要請すると本蔵氏は「当時のことははっきり覚えていない」と断った。その場限りの対応で議論の幕引きをはかったと批判されても仕方ないだろう。
不思議なのは、議事録を読む限り両論併記案と高確率案は賛成反対の数が拮抗しているのに、なぜあっさりと結論を出すことができたのかだ。事務局を務めた元地震調査管理官の吉田康宏氏は当時のことを「会議の前に本蔵氏と、政策委員長と事務局とで打ち合わせをし、高確率案が落としどころになるだろうと話し合っていた」と明かす。
吉田氏は「打ち合わせで結論を決めたわけではない」と断るが、確率を下げた場合、行政側から、防災計画を練り直すことになったり地震対策の予算が減るなどの影響が出たりして困るという苦情が出る可能性があり、「懸念」があったと振り返った。
会議中もそうした懸念があったのだろう。本蔵氏が地震学側の総意とは真逆の主張をしたことや、進行役を務めた政策委員長が「本蔵氏のお言葉はぐっと身に染みます。要するに矢面に立っておられるわけです」とあおったことは、議論を誘導するためだったようにも見える。こうして地震学側が求めた両論併記案は消えていったのだった。(続きを読む)