ところが翌2011年3月11日、東日本大震災が起きた。原発事故の影響で葉たばこは2年間栽培ができなくなった。「ピーマンなら栽培できる」と2012年の生産者は葉たばこからの転換も含めて過去最高の327戸になった。だが、風評被害で販売価格が暴落し、キロ単価は過去最低の102円にまで下がった。被災前年からすると3分の1以下になってしまったのである。
風評被害を乗り越えた“ふたつのパワー”
松崎係長は「皆さん、ガックリ肩を落としていました」と話す。
佐久間さんは「栽培をやめた人もいました」と声を落とす。以後、生産農家が300戸を超えることはなかった。
それでも辛抱強く努力するのが福島県人の気質だ。
そもそも、これまで一度たりとも福島県産のピーマンが放射能の基準を超過したことはないのである。
佐久間さんらは品質にこだわって出荷するという地道な努力で、風評被害を乗り越えていく。
その過程には二つのキーワードがあったように感じる。「までい」と「女性パワー」である。
まず、までい。東北地方の方言で、手間を惜しまずに、じっくり丁寧に行うという意味が込められている。
では出荷のポイントになることは?
ピーマンの出荷でポイントになるのは選果だ。収穫と同じぐらい時間がかかる。
というのも、ピーマンには「尻腐れ」という敵があるからだ。果頂部がじくじくと水浸状になり、暗褐色に変化し陥没してしまうのだ。こうなるともう出荷どころではない。病気と間違われるが、カルシウム不足による生理障害が原因である。
「これが前兆ですよ」。佐久間さんが収穫したばかりのピーマンを指さした。よく見ると果頂部にほんの少し、小さなへこみがあるように感じる。注意しておかないと、気づかないほどだ。
「消費者の手許に届くまでに収穫から1週間ほどかかります。その間にこれがかなりの大きさになってしまうのです。共同選果場のセンサーでもチェックしていますが、その前に私達農家の第一次選別でしっかり弾くことが重要です」。これを一つ一つ行うのは大変な手間だろう。暑い盛りに汗だくになって収穫するだけでは済まないのである。
松崎係長は「本当にマメな農家が多くて頭が下がります」とうなる。
尻腐れは、夏の暑さがマイナスに作用する。「植物は土壌に含まれるカルシウムを根から吸収しています。ただ、カルシウムだけ吸い上げているのではなく、水と一緒です。だから、夏の水不足には気をつけなければなりません。葉からの水分蒸散も多くなるので、水分が減ったら、根から吸ったカルシウムが行き届かなくなる場合もあります」と松崎係長は話す。
炎天下、1本1本の根もとに水を注入する作業は言葉で表せないほど重労働だ。1反当たり1000~1200本も植えられているのである。
そこで、2016年からソーラー自動灌水(かんすい)システムの導入を始めた。巨額ではないので、1年の収益で導入コストを賄える。佐久間さんは最初に導入した1人だ。会社を定年退職した後、兼業農家から専業に転じていた。