東京電力が福島第一原子力発電所で「処理水」の放流を開始し、海産物などに新たな風評被害が起きないか福島県などでは心配する人が多い。
だが、それ以前のこととして、福島県内の産品には今もまだ原発事故の風評被害があるのをご存じだろうか。発災から12年以上が経過したというのに被害は収まっていないのだ。
ただ、不思議なことに、風評被害がある作物と、ない作物がある。例えば、桃は全国平均より単価が低迷したまま戻らないが、ピーマンは全国平均より高い。風評被害だからこそ、こうしたことが起きる。
それにしても、なぜなのか。まずは「桃の事情」から探る。
果樹王国と呼ばれる福島県でも、桃の産地は福島市や伊達市など県北地域に集中している。
主力品種の「あかつき」が出荷の最盛期を迎えるのは7月中旬から8月上旬にかけてだ。
ちょうど一年で最も暑い時期に重なり、収穫に当たる農家は汗だくになる。テレビで「不要な外出を避けて冷房を」と繰り返されるアナウンスなど、農家には無縁だ。
作業がハードなのは暑さだけでない。午前4時には桃畑に出て、作業が終わるのは午後8時頃になる。この時期は睡眠時間を削っての収穫が続く。
それでも充実感がある。
「甘いよ。食べてみて」。50代の農家は白い歯を見せた。剪定(せんてい)や土づくりで年中休む暇がなかった苦労が報われる時期なのだ。特に今年の桃は甘い。
「例年、あかつきの糖度は12.3~12.8ですが、今年は13.5もありました」とJAふくしま未来の伊達地区営農経済課、菅野顕弘・販売係長が語る。
「本来はもっと高くてもいいはずなのに……」農家が抱える苦悩
同JAでは、糖度が13以上の「あかつき」を「伊達の蜜姫」というブランド名で出荷しており、今年は半数以上が「蜜姫」になった計算だ。それほど出来がよかった。
「これなら、もうかりますね」。そう声を掛けると、70代の農家がため息をつく。
「価格が安いからね……。これだけのレベルの桃です。どの産地にも負けない自信があります。本来はもっと高くてもいいはずなのに」
東京都中央卸売市場の統計情報によると、2022年7~9月に出荷された桃は福島県産が全国平均より12.7%も安かった。この差が埋められないのだ。
どうしてそのような事態に陥ったのか。運命を暗転させたのは原発事故だった。
2011年3月11日、東日本大震災が発生した。津波に呑まれて東電福島第一原発はメルトダウン事故を起こす。放出された放射性物質は福島県内だけでなく、遠く離れた地にも降り注ぎ、静岡県内でも茶に含まれる放射能の値が国の基準値を超えた。